昨年7月17日に台湾の蔡焜燦先生が亡くなられ、台湾と日本で「蔡焜燦を偲ぶ会」が開かれ、井上和彦氏(ジャーナリスト)や吉田信行氏(元産経新聞論説委員長)など多くの方が弔意を表す一文を発表して、その死を悼んだ。

拓殖大学学長・総長をつとめた後に本会会長に就任した渡辺利夫氏が産経新聞「正論」欄に発表した「『日本精神』の丈夫 蔡焜燦氏逝く」は、印象深い一文だった。

「平成27年9月、集団的自衛権の行使を容認する平和安全法制が成立した」とはじまるこの一文は、われわれが衛るべき日本とは何かを問いつつ、「日本人の『原型』をいつも蔡氏の言説や立ち居振る舞いの中にみてきた」と蔡先生の死に言及し、「日本人は自らの国体に無関心である一方、かつての海外領土であった台湾の老体の中に日本の国体が強靱にも脈を打っている」と述べ、「日本人が日本人であることを証す精神の方位、戦後の日本人が忘れてきた気概の在処(ありか)に気づかされ」たと振り返る。

そして蔡先生が遺された「隣の巨大な覇権国家と恒常的に闘っている台湾を応援するというのが、日本人に固有な『侠』の精神ではないのか」という発言を紹介し、最後に「蔡氏の胸に刻み込まれた時代精神だけは継承していきたい」と結んで哀悼の意を表したのだった。

渡辺氏が昨日の産経新聞「正論」欄に寄稿された「台湾海峡に迫る危機を回避せよ」は、隣の巨大な覇権国家と恒常的に闘っている台湾を、日本は安全保障の分野でこのようにして応援したらよいという提言であり、まさに蔡先生が体されてきた「侠の精神」を遺憾なく発揮した一文に他ならないのではないだろうか。幽冥境を異にされた蔡先生も必ずや嘉されているにちがいない。

なお、渡辺氏が紹介している本会が2013年と本年発表した「政策提言」の全文は下記をご覧いただきたい。

◆政策提言「我が国の外交・安全保障政策推進のため日台関係基本法を早急に制定せよ」(2013年3月)

◆政策提言「台湾を日米主催の海洋安全保障訓練に参加させよ」(2018年3月)


台湾海峡に迫る危機を回避せよ 拓殖大学学事顧問・渡辺利夫

【産経新聞「正論」:2018年7月18日】

世界の視線が朝鮮半島にくぎ付けになっている最中に、中台関係が危険な状況を呈しつつある。昨年10月18日、中国共産党第19回全国代表大会の冒頭、習近平総書記は台湾問題について次のように述べた。

「われわれには、“台湾独立”勢力のいかなる形の分裂活動を打ち破る断固たる意志とあふれる自信と十分な能力がある。われわれは、いかなる者、いかなる組織、いかなる政党がいかなる時にいかなる方式によって、中国のいかなる領土を中国から切り離すことも絶対に許さない」

今年3月5日に開かれた全国人民代表大会における李克強首相の政府活動報告も、ほぼ同様の表現であった。

◆軍事恫喝で圧力強める中国

台湾に対する強硬発言を裏書きするかのように、4月18〜20日には中国空軍の爆撃機などからなる隊列が宮古海峡を経て台湾の東側ルートを飛行、5月11日には最新鋭戦闘機スホイ35などを含む編隊がバシー海峡と宮古海峡の上空を演習飛行した。中国の空軍報道官は、この演習は「国家主権と領土の一体性を守る能力強化」の一環だと述べた。また4月21日には、空母「遼寧」が宮古海峡を通過、空母からの艦載機の発着が確認された。

台湾の蔡英文総統は“台湾の将来を決定できるのは台湾人自身であり、この権利は決して侵されてはならない”という立場に立つ。

米国も日本も、「一つの中国」という中国の立場を認めているのではない。日中国交樹立は1972年の日中共同声明によってであるが、ここでは台湾が中国の領土の不可分の一部分であるという中国の主張を、日本が「理解し、尊重」するという立場にとどめ、中国の主張を承認したのでも、それに同意したのでもない。

米国の対中国交樹立に関する「上海コミュニケ」もまた、台湾が中国の一部分だという中国の主張については、これを「認識している」という以上のものではない。日本、米国のいずれも、台湾の領土的な位置付けについて独自の認定をする立場にはないと表明し、以来、現在までこの立場には両国ともまったく変わりはない。

台湾の位置付けは、台湾においても、日中、米中という2国間関係からみても、中国が主張するほどに確たるものではない。このことは、中台関係についてわれわれが知っておくべき最低限の知識である。

◆日本は実務関係だけのつながり

中国の台湾に対する発言と行動はいかにも恫喝(どうかつ)的である。膨れ上がる経済力と軍事力、大国化への異常なまでに肥大した自我意識のゆえなのであろう。野放図に膨張する中国といかに交わるか、台湾の帰趨(きすう)はこのテーマに国際社会がどう応えるのかを問う、直近の最重要の課題に他ならない。

米国は昨年12月に台湾との防衛関係強化をうたう「2018国防授権法」を成立させ、さらに今年3月に米台の閣僚や政府高官の相互訪問を促す「台湾旅行法」を制定した。7月7日には米海軍ミサイル駆逐艦2隻が台湾海峡南部沖から海峡に入り、さらに北東方向へと進んだ。米国は1996年の台湾総統選に際して、中国による基隆・高雄沖へのミサイル発射に対抗して2隻の航空母艦を台湾海峡に派遣した。2007年には香港寄港を中国によって阻まれた米第7艦隊空母が台湾海峡を通過した。この7月の駆逐艦の海峡遊弋(ゆうよく)は、これらにつづく中国への軍事的牽制(けんせい)であろう。

米国は、台湾との国交断絶後も事実上の軍事同盟として機能する台湾関係法を国内法として1979年に制定、米国の台湾への武器売却や日本各地の在日米軍基地による対中牽制もこの関係法によって可能となっている。

他方、日本は、外務省・経済産業省所管の「日本台湾交流協会」の窓口を台湾におき、台湾が外交部所管の「台湾日本関係協会」の窓口を日本において経済、社会、文化などの非政府間の実務関係を維持しているにとどまり、安全保障分野はここにはまったく含まれていない。

◆安保分野で生存空間の拡大図れ

この事実に鑑み「日本李登輝友の会」は、2013年3月に政策提言「我が国の外交・安全保障政策推進のため日台関係基本法を早急に制定せよ」を発信した。中国の強硬な海洋膨張を押しとどめるには日米同盟が不可欠であることはいうまでもないが、そのためには、日本は台湾との外交を独自に行うための法的根拠として、「台湾関係基本法」を早期に制定しなければならないと主張した。

つづいて、この3月には「台湾を日米主催の海洋安全保障訓練に参加させよ」と題する政策提言を出した。テロ・海賊・大規模自然災害などの非伝統的な安全保障分野に台湾を招き入れ、インド太平洋における台湾の生存空間を広げよ、日本はその重要性をまずは米国、次いで豪州、インドに説得する外交努力を始めよ、というのがその趣旨である。台湾海峡を東アジアの火薬庫にしてはならない。