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本日(11月17日)の産経新聞が1面のトップ記事として李登輝元総統へのインタビューを掲載しています。8面には1問1答のインタビュー詳報と、解説記事を掲載する力の入れようだ。

インタビューは2点に絞られ、1つは、アメリカの大統領選挙で当選した共和党のトランプ候補によって日本と台湾にどのような影響が出てくるのか、2つ目が、11月20日で発足半年を迎える蔡英文政権への評価となっています。

李登輝元総統は、日本に関して「米国も日本がアジアで果たす役割に期待している」「台湾と日本の連携がますます重要になる」「憲法改正を実現させるべき」などと、安倍政権を叱咤激励しています。

蔡英文総統に対しては「台湾の人々が考えているものとは、かなりかけ離れている」と発言し、また中国に向かう覚悟についても、まだ「はっきりしていない」と、かなり手厳しい。中国国民党について触れた件(くだり)ではさらに厳しく「国民党は台湾では生き残ることができない」とも断言されています。

しかし、蔡総統への助言として、対中関係では「国民党をつぶしてしまうんだよ」と述べ、対日関係では「安倍首相に会いなさい」と述べるなど、このようなことを公表してもいいのだろうかと思われるほどの要諦を蔡総統に伝えようとする姿勢は、慈父のごとき印象だ。それは、「蔡氏に足りないものは?」という質問に対し「彼女のために一肌脱いで、思い切ったことをする部下がいない」と述べられたことによく現れている。

ここに、1面と8面の記事全文をご紹介したい。


台湾・李登輝元総統 トランプ政権 重要性増す日本 「憲法改正 実現させるべきだ」

【産経新聞(1面):2016年11月17日】

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【台北=田中靖人】台湾の李登輝元総統(93)は産経新聞のインタビューに応じ、米大統領選で共和党のドナルド・トランプ氏が勝利したことについて「トランプ氏は孤立主義者だと聞くが、米国が孤立主義の路線を取ろうとするならば、かえって日本の存在が必要とされるだろう」と述べ、アジア太平洋地域で今後、日本が果たす役割が増すとの認識を示した。=8面に「インタビュー詳報」

李氏は、「外交面では米国も日本がアジアで果たす役割に期待している。日本はそのことに気づくべきだ」と述べ、対外的な役割に対する日本の自己認識の低さに警鐘を鳴らした。また、トランプ氏の大統領就任で今後の米国の方針が不透明になるとした上で、「そうであれば、むしろ台湾と日本の連携がますます重要になる」と日台関係の強化を呼びかけた。

日本政府の集団的自衛権の行使容認や、それに関連する安全保障法制の整備を前向きに評価した上で、「トランプ氏が『米国第一主義』を掲げるのであれば、日本はこの機会を利用して、これまで米国に物おじしていた憲法改正を実現させるべきだ」と、日本国内の改憲の動きを後押しした。

一方、中台関係については「台湾は台湾、中国は中国だ。台湾は『中国の領土』ではない」との持論を改めて強調。台湾で20日に発足半年を迎える民主進歩党の蔡英文政権が中台関係の「現状維持」方針を掲げていることには、「台湾の人々が考えているものとは離れている。だから支持率が落ちてきている」と苦言を呈した。

李氏は蔡政権に対し、「『国の正常化』を一歩ずつ進めなければならない。中国との間に何が起こっても、という覚悟で物事を処理すべきだ」と述べ、指導者にとって「勇気」や「決断力」が大切だと訴えた。また、「尖閣諸島は『台湾のものだ』という人が民進党に多い」として、民進党政権下でも日台関係が希薄になるのではないかと憂慮を示した。

インタビューは7日に対面で行い、15日に追加書面への回答を受け取った。

◇    ◇    ◇

李登輝(り・とうき)氏 日本統治時代の大正12(1923)年、当時の台北州生まれ。京都帝国大学農学部で学び、陸軍兵として出征した。米コーネル大で博士号(農業経済学)を取得。中国国民党に入党し、行政院政務委員(無任所大臣)、台北市長、台湾省主席を経て、1984年、蒋経国政権で副総統。88年に総統、党主席に就任し、2000年まで務めた。在任中は台湾の民主化を進め、1996年の総統直接選では初代の民選総統に当選。退任後、国民党を除名された。

【産経新聞単独インタビュー】 台湾・李登輝元総統インタビュー詳報

【産経新聞(8面):2016年11月17日】

◆日本との連携 重要になる

 ── 米大統領選で共和党のドナルド・トランプ氏が当選した

「米国をどういう方向に進めようとしているか、はっきりしないため、アジア太平洋の秩序がどう変わるかはまだ不透明だ。米国が孤立主義の路線を取ろうとするのなら、かえって日本の存在が必要とされるだろう。外交面においては米国も日本がアジアで果たす役割に期待している。日本はそのことに気づくべきだ」

「オバマ政権での米国は『新しい米国』として多極化する世界と協調する道を探ろうとしていたように見える。『強い米国』の復活を標榜するトランプ氏の登場により、米国がどういう方向に進むのかが不透明になる。そうであれば、むしろ台湾と日本の連携がますます重要になる」

「(日本では)すでに集団的自衛権の行使容認や安全保障法制の整備などが進められてきた。トランプ氏が『米国第一主義』を掲げるのであれば、日本はこの機会を利用して、これまで米国に物おじしていた憲法改正を実現させるべきだ」

 ── 台湾への影響は

「トランプ氏が対台湾政策についてはっきりしたことを言っていないため、現時点では、はっきりしない。台湾が日米と連携して中国と対抗するという方法は間違いではない」

◆台湾は台湾 中国は中国

 ── 蔡政権は20日で発足半年を迎える。評価は

「彼女ならしっかりやれるんじゃないかと、かなりの期待を持っていたが、最近の状態を見ていると、ズレが出ている。50%もあった支持率が35%まで落ちた。恐らくまだ落ちるんじゃないか」

 ── 蔡政権は対中政策で「現状維持」を掲げている

「現状維持って何だ。民進党と中国共産党が現状を維持するとは、何を意味する? それが分からないでしょう。台湾の人々が考えているものとは、かなり離れているわけだな。だから支持率が落ちてきている。これは台湾の改革とは全く違った、中国が怖い、という考え方だ」

「台湾は台湾だ。中国は中国だよ。これは私が(1999年に)ドイツの放送局に言ったでしょ。台湾と中国は『特殊な国と国との関係だ』と。台湾は『中国の領土』ではない」

「私が(96年の直接)総統選に出た後は、台湾をいかに『独立した国』として持っていくかという『国の正常化』を考えていた。総統は人民が直接選挙する。選挙をしたなら『国の正常化』を一歩ずつ進めなければいけない。目標は台湾独立なのか(も含め)、一歩ずつ持っていく。中共(中国共産党)との間に何が起こっても、という覚悟で物事を処理すべきだ。時間がかかっても。それが蔡氏の中で、はっきりしていない」

◆アジア諸国 歴訪すべきだ

 ── 対中関係で蔡総統に助言は

「国民党をつぶしてしまうんだよ。(国民党主席の)洪(秀柱)さんというあの女性が習近平(中国国家主席)に会ったあの格好を見て、実際、かわいそうだ。今まで力を持っていた国民党の主席が中国に行って、何も言えなくて『一つの中国』と。まあ、国民党として立ち上がっていくのはかなり困難でしょう。私の見方では、国民党は台湾では生き(残)ることはできないんだ」

 ── 蔡政権は中国依存の脱却のため、東南アジア重視政策を掲げている

「『新南向政策』と言っているけれど、私に言わせれば、何をするのか分からないな。私の時の『南進政策』は、台湾人の商売人の組織をあらゆるところに作り上げ、台北に本部を置いていろいろとやった。フィリピンやインドネシア、シンガポール、ベトナムなど、本当は蔡氏が訪問すべきなんだ。今はまだ(台湾)内部の仕事が忙しくて、こういう気持ちがない。台湾が南方の国々に何を与えることができるか。何にも与えられなかったら、いくら話してもらちが明かない。与えつつ一緒に発展することが大事だ」

◆決断力と勇気で改革を

 ── 蔡政権は対日重視を掲げている

「福島(など5県)の農産物の(輸入禁止)問題が解決できなければ(いけない)。日本との関係が一番大切だ。(それが)あまりにも薄れてしまっている。台湾と日本との関係は、離ればなれの状態だな」

「蔡氏は尖閣諸島は『台湾のものである』と言う。すでにここが違う。民進党には、こういう考えの人はとても多い。尖閣諸島は(台湾北東部の)宜蘭県の一部だという無理した考え方だ。ただし、指導者を除いた(日台の)一般の人々(の交流)は非常に密接ではないかと思う」

 ── 対日関係で助言するなら

「安倍首相に会いなさい。日本と台湾の関係を強化して台湾の産業をどう変化させるか考えるべきだ」

 ── 内政の評価は

「することが多すぎる。司法改革は中途半端。年金制度改革は非常に複雑で具体案がまだ出てこない。労働者の休暇の問題もはっきり決められない。これでは人民が心服するはずがない。あまり決断力、勇気がないんだな」

 ── 蔡氏に足りないものは

「人が足りない。本当に仕える人がいない。彼女のために一肌脱いで、思い切ったことをする部下がいない。民進党は複雑極まる(派閥の)集まり。彼女の命令に従ってやっていけるかどうかだ」

【産経新聞単独インタビュー】 蔡氏への苦言 期待の裏返し  田中 靖人(台北支局長)

【産経新聞(8面):2016年11月17日】

李登輝元総統は今回のインタビューで、米国のトランプ次期政権が孤立路線を取るならば、日本はアジアで果たすべき役割に気づくべきだと助言した。安倍晋三政権にすれば海外からの頼もしい援軍といえよう。

インタビューの関心事の一つが、蔡英文総統に対する李氏の評価だった。蔡氏は台湾の民主化をへて台頭した民進党出身で、しかも李氏自らが登用した経緯があるからだ。

蔡氏が掲げる中台関係の「現状維持」に対する李氏の表現は厳しい。だが、それは台湾独立を目指してきた結党当時からの民進党支持者の声を代弁していると同時に、蔡氏への期待の裏返しだと理解できる。

李氏は中台関係を「特殊な国と国の関係」と位置づけ、台湾は中国の一部ではないとの主張を内外に示した。ただ、発言は初代の民選総統に就任してから3年後の1999年のことで、蔡政権が対峙する現在の中国の経済・軍事力とは比べものにならない。

民進党は、安易に独立傾向を強め、中国だけでなく米国との関係も悪化させた陳水扁政権(2000~08年)の教訓を学んだ。「現状維持」は自ら望んだ方針ではなく、やむを得ない選択肢といえる。蔡政権は中国に「善意」を示しつつ、前政権が前提としてきた「一つの中国」原則は認めないという民進党の最低限の主張を堅持している。

こうした蔡政権に対し、中国の習近平政権は対話を停止し、国際社会での圧力を弱める気配はない。「現状維持」は台湾内部でも統一派、独立派双方から批判されている。

総統府は14日、独立派の古老らを総統の上級顧問「資政」に任命した。この人事が独立派の不満をそらすためなのか、真剣に耳を傾ける意欲の表れなのか。注意深く観察する必要がある。(台北 田中靖人)