2010年9月24日、第14回・日本李登輝学校台湾研修団で講義していただいた際の一葉

11月4日、台湾の小説家で童話作家の鄭清文氏が心筋梗塞のため台北市内の病院で亡くなられました。享年85。これまでのご恩顧に心から感謝申し上げ、謹んで哀悼の意を表します。

日本統治時代の1932年9月16日、新竹州(現在の桃園市)に生を享けた鄭先生は台湾大学商学系を卒業後、華南銀行に奉職されましたが、1960年代より小説、80年代からは童話や絵本を精力的に発表されていました。

鄭先生の作品は当時の国民党政権下においての発表だったため、寓意に富んだ作品が多く、台湾の子供たちは自分たちの住む台湾をもっと知るべき、愛すべきと考え、台湾の歴史、人物、風土などを織り込んだ物語を創り出されました。日本でも『阿里山の神木』や『三本足の馬』『丘蟻一族』などが出版されています。

私どもが主催する日本李登輝学校台湾研修団(略称:李登輝学校研修団)でも、2004年10月の第1回から、故張炎憲先生(国史館館長)や故黄昭堂先生(総統府国策顧問)などとともに、台湾文学や台湾文化について何度もご講義いただきました。独裁政権の戒厳令下、「台湾文学」を確立させようと努められてきたことを淡々と話される姿に、本当に敬服しました。

参加者のなかに名前が同じ「清文」という方がいて、「ああ、同じですね。台湾と日本は近いんですよ」と言われたときの柔和な表情がとても印象的でした。

自由時報紙によりますと、告別式は11月25日(土)午後1時から、台北第一殯儀館において行われるとのことです。

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鄭清文(てい・せいぶん)先生
1932年(昭和7年)9月16日、台湾・桃園生まれ。1958年、台湾大学法学部商学学科卒業、処女作を発表。1960年、華南銀行に就職。

代表作に、長編小説では1965年『簸箕谷』、1970年『峡地』、1986年『大火』など。短編小説には1968年『故事』、1970年『校園裏的椰子樹』、1984年『最後的紳士』ほか多数。

1992年、評論集『台湾文学の基點』、1993年、日本語訳『阿里山の神木』(『台湾の創作童話集』岡崎郁子訳、研文出版)、1968年、短編小説「門」で第4回「台湾文学奨」受賞。1987年、第10回「呉三連文芸奨」「小説奨」受賞。1993年、第16回時報文学奨「短編小説推薦奨」受賞。1999年、短編小説集『三本足の馬』(アメリカコロンビア大学出版社、英訳版。1984年、研文出版より日本語訳)。同年、台湾の中で文芸分野の最高名誉の「金鼎奨」受賞。

1998年に華南銀行を定年退職後は台湾師範大学で「現代小説創作與賞析」を講義するなど精力的に活動。2017年11月4日、逝去。


台湾の作家、鄭清文氏が死去 日本統治時代生まれ

【共同通信:2017年11月5日】

鄭 清文氏(てい・せいぶん=台湾の作家)

台湾メディアによると4日、台北市内の病院で心筋梗塞のため死去、85歳。

日本統治下の32年、現在の桃園市で生まれ、幼少期に日本語教育を受けた。台湾大学を卒業後、銀行に勤める傍ら、短編小説を中心に評論などでも活躍。社会性の強い作品が多く、日本統治下の台湾を題材にした小説「三本足の馬」や、「丘蟻一族」などは日本でも翻訳、出版された。