昨日(5月20日)午前9時、民進党の蔡英文・主席は総統府において宣誓し、台湾の総統に就任した。11時からは総統府前広場で総統就任演説を行い、内政問題への取り組みに多く言及したものの、注目されていた「一つの中国」については「1992年に双方が若干の共通認識に達したという歴史的事実を尊重する」と述べるに留まった。

また、外交については「台湾は民主化以来、一貫して平和・自由・民主・人権といった普遍的価値観を堅持してきた。われわれは引き続き、アメリカや日本、それにヨーロッパなど友好的な民主国家との関係を深め、共通の価値観の基礎の上に、全方位の協力を進めていく」と、協力を進めていきたい友好的な民主国家として具体的にアメリカと日本の国名とヨーロッパを挙げ、経済協力や自由貿易を進める意向を示し、中国に過度に依存しない経済政策を進める姿勢を示すかたちとなった。

これに対して、日本政府は蔡英文氏が総統選挙に当選したときと同じように、歓迎の意向を示している。

昨日、菅義偉・官房長官は閣議後の記者会見で「台湾はわが国にとって基本的な価値観を共有し、緊密な経済関係と人的往来を有する重要なパートナーであり。大切な友人だ。政府としては、台湾との関係を非政府間の実務関係として維持していくとの立場を踏まえ、日台間の協力と交流のさらなる深化を図っていく考えだ」と歓迎の意向とともに、今後の日台関係を深化させたいと意欲を示した。

また、岸田文雄・外務大臣も閣議後、記者団に「蔡英文氏の総統就任を歓迎する。台湾はわが国にとって、基本的な価値を共有し、緊密な経済関係や人的往来を有する重要なパートナーであり、大切な友人だ。日本と台湾の協力と交流のさらなる深化を図り、さまざまな課題に取り組んでいきたい」と、やはり歓迎を表明するとともに、日台間の課題解決に前向きに取り組む姿勢を示している。

ほとんどの日本メディアがこの就任演説について伝えているが、中でもNHKがもっとも詳しく伝えているようなので下記に紹介したい。


台湾 蔡総統 「1つの中国」言及避けるも一定の配慮

【NHKニュース:5月20日】

台湾で8年ぶりに政権を奪還した民進党の蔡英文総統は、20日の就任演説で、中国が認めるよう迫っている「1つの中国」の考え方を巡っては言及を避ける一方、中国に一定の配慮も示しました。

蔡英文総統は、20日に台北の総統府で就任の宣誓をしたあと、総統府前で開かれた祝賀式典に臨
み、就任の演説を行いました。

この中で蔡総統は、中国との関係について、「20年余り双方が交流や協議を積み重ねてきた事実と政治的な基礎を踏まえ、引き続き平和的な安定と発展を進めていかなければならない」と述べ、安定した関係の維持を目指す方針を強調しました。そのうえで、中国が、1992年に当時の窓口機関どうしが「1つの中国」という考え方で合意したと主張し、蔡総統に認めるよう求めていることについて、「1992年に双方が若干の共通認識に達したという歴史的事実を尊重する」と述べました。ただ、蔡総統は、その「共通認識」が「1つの中国」という考え方で合意したかどうかということについては言及を避けました。

一方、蔡総統は、対中国政策を進めるうえでの基本方針として、台湾の現行の憲法に基づいて行う考えを示しました。台湾の現行の憲法では、中国大陸と台湾は別々の国とされていないことから、蔡総統は直接的な表現は避けながらも、「中国大陸と台湾はともに1つの中国に属する」という考え方を認めるよう迫る中国に一定の配慮を示しました。

◆92年合意と「1つの中国」

中国大陸では、1949年、国民党との内戦に勝利した共産党が中華人民共和国を建国したのに対し、国民党は台湾に逃れてからも「中華民国が中国の正統な政権」だと主張しました。両者は互いに主権を認め合っていないものの、窓口機関どうしの話し合いの結果、1992年に「中国大陸と台湾はともに1つの中国に属する」という原則を口頭で確認したとされています。

そして、中国と台湾の国民党の馬英九政権は、2008年以降、それぞれが主権を主張しながらも「1つの中国」という考え方をもとに関係強化を進めてきました。

一方、台湾の民進党は、1986年、当時の国民党独裁政権に反対して結成されました。党の綱領には「台湾独立」がうたわれていて、「1つの中国」という考え方は受け入れていません。

民進党の蔡英文総統は総統選挙で「台湾独立」ではなく「現状維持」を掲げましたが、中国はあくまでも「1つの中国」を受け入れるよう迫っていて、演説でどのように言及するのか注目されていました。

◆日米欧と全方位の協力を

外交政策について、蔡英文総統は「台湾は民主化以来、一貫して平和・自由・民主・人権といった普遍的価値観を堅持してきた。われわれは引き続き、アメリカや日本、それにヨーロッパなど友好的な民主国家との関係を深め、共通の価値観の基礎の上に、全方位の協力を進めていく」と述べました。

さらに、「台湾を国際社会にとって欠かすことのできないパートナーにしていく」と強調し、貿易自由化や気候変動、それにテロ対策など地球規模の取り組みについて、国際社会での活動の場を広げていきたいという考えを示しました。

一方で、台湾が領有権を主張する沖縄県の尖閣諸島や南シナ海の島々について、蔡総統は「主権と領土を守る責任がある」と述べたうえで、「東シナ海と南シナ海の問題については争いを棚上げし、共同開発を進める」と従来の台湾の立場を強調しました。

◆TPPなどの経済協力 積極的に参加を

蔡英文総統は20日の就任演説で、台湾の経済政策について、「永続的に発展できる新しい経済モデルを追求する。改革の第一歩として、経済の活力と自主性を強化し、世界や地域との結びつきを強める」と述べました。

そのうえで、「TPP=環太平洋パートナーシップ協定やRCEP=東アジア地域包括的経済連携などを含めた経済協力や自由貿易交渉に積極的に関わる」と述べ、多くの国や地域にまたがる自由貿易協定への参加を目指すことに意欲を示し、中国に過度に依存しない経済政策を進める姿勢を示しました。

◆若者重視の政策を

台湾では若者の就職難や所得格差が問題となっていて、前の国民党政権が進めた中国との融和策は一部の富裕層にしか恩恵をもたらしていないといった不満が広がり、おととしには学生たちが立法院を占拠する抗議活動も行われ、ことし1月の総統選挙では若者への政策が争点の一つとなりました。

これに関連して、蔡英文総統は就任演説で、「すぐにすべての若者の給料を上げることはできないが、すぐに行動することを約束する。よりよい台湾を次の世代に引き継ぐことが重大な責任だ」と述べ、若者を重視し、格差を是正する政策などに取り組む姿勢を強調しました。

◆官房長官 日台の協力と交流深めたい

菅官房長官は午後の記者会見で、「就任演説では『わが国との関係を深めて全面的な協力を推進する』と述べたということであり、そこは評価をしたい。台湾はわが国にとって基本的な価値観を共有し、緊密な経済関係と人的往来を有する重要なパートナーであり、日台間の協力と交流のさらなる深化を図っていきたい」と述べました。

◆中国外務省 「1つの中国」の原則は変わらず

民進党の蔡英文総統の就任演説について、中国外務省の華春瑩報道官は定例の記者会見で、直接の評価は避けたものの、「『1つの中国』の原則は、国際社会に広く受け入れられている。たとえ、台湾の島内の政局にどのような変化があっても、中国政府が『1つの中国』の原則を堅持し、台湾独立や『1つの台湾1つの中国』という考え方に反対する立場は変わることはない」と述べ、あくまでも「1つの中国」という考え方を受け入れるよう求めました。

また、蔡総統が多くの国や地域にまたがる自由貿易協定への参加を目指すことに意欲を示したことについて、華報道官は「台湾が多国間の経済的な枠組みに参加するには『1つの中国、1つの台湾』という考えを持ちださず、両岸の実務的な話し合いを通して、検討すべきだ」と述べ、台湾は「1つの中国」という考えのもと、中国と協議したうえで参加するかどうかを検討すべきだとけん制しました。