『壹週刊』2007年2月1日号 「李登輝単独インタビュー」

●私は大陸(中国)を訪問したい。台独を棄て、中国資本を引き入れる

前総統李登輝はこれまでずっと「台湾独立のゴッドファーザー」と見られてきたが、1月29日に本誌の単独インタビューを受けたとき、彼は「自分は台独のゴッドファーザーではない。

20070201統一か独立かの論争は台湾ではすでに『ウソの問題』となりはて、ブルーとグリーンの陣営の闘争工具と成り下がっている」、「私はこれまで一度も台独を主張したことがなく、台独を追求する必要も、もはやないと考える」と公開で表明した。

4時間にわたるインタビューのなかで、彼は「私の中国訪問を望んでいる人が、じつは中国にはたくさんいて、もし行ければ5000年前(訳注:2500前の間違い)に孔子が列国を周遊した道をたどってみたい」ともらした。李登輝は、自ら統独(統一と独立)と両岸の問題に対する見方を新たに方向付けただけでなく、陳水扁は「ウソをつく人間」、「現在こそ黒金(腐敗社会)だ」、馬英九は「肝っ玉なし、迫力不足」だと、そっけなく評した。

去年12月の台北、高雄市長選挙で台聯が大敗したので、前総統李登輝の国内政界に対する影響力はほとんどなくなったと見られたが、2ヶ月もたたない間に彼は元総統府秘書長の黄昆輝に台聯党主席を継がせ、党再編を行い、路線を中間左寄りに向かわせ、また党名も「台湾民主社会党」に改め、出直すつもりでいる。

●大陸に行きたいが、実現は簡単でない

1月29日午後、李登輝は自宅の翠山荘で本誌の取材を受けた。「台独のゴッドファーザー」李登輝は、「じつは大陸(中国のこと)にはたくさんの団体と個人が、彼に中国を見に来て欲しいと誘っている。大陸に行ければ、5000年前に孔子が列国を周遊したルートを一通り回ってみたいな」と初めてもらした。「私が大陸に行けば、捕まえられるかどうかわからない。まあ、捕まえないだろう」と冗談を言うのだ。

李登輝は続けて言う。「出エジプト記のルート、シルクロード、孔子の周遊ルート、日本の奥の細道は、いずれも世界に知られたロードだ。これらを生涯に機会があったら、まわってみて感想を書いてみたいな」。彼はこれらのルートを書いた日本語の写真つき解説書を持っていた。「孔子公の列国周遊ルートには詳しいよ」。

大陸訪問は、彼の84歳の体が耐えられることの他に、現実の考慮もしておく必要があることはよくわかっているので、「現在、たくさんの人々が大陸を訪問しているが、もし個人の権力のための大陸訪問なら、私はしたくないね」と話した。

●台独を否認、中国資本に開放

李登輝は本誌の取材中、世間の彼に対する反中国の印象を大幅にひっくり返した。彼は統独(統一か独立か)の立場を明白に示した。「私は台独ではないし、これまで一度も台独を主張したことはないよ」。両岸の関係については「大胆に中国資本の台湾導入を開放し、大陸の客に台湾を観光させるべきだ」、「大陸の人たちはみな特務だと見るべきではない」と主張した。

統独と両岸の問題の他に、李登輝は政治指導者の人物についても品定めをした。総統陳水扁は「ウソつき人間」、国民党主席馬英九は指導者としては「肝っ玉がなく、迫力も不足だ」、彼が12年近くも相手にした対岸の前指導者江沢民は「言葉多く、やった仕事は少ない」、現任指導者の胡錦涛は「言葉少なく、黙々と仕事をやる」と、それぞれを評した。

しかし、国民党名誉主席連戦は直接批評しなかったが、彼が政務委員のとき連戦の父親の連震東と事務室をともにしたことを思い出し、「この台湾人は官途につくのがうまくてね、私も見習うに値するんだよ」と笑った。

彼が執政していたとき、本誌も世間が彼の黒金(腐敗)政治を批判していることに言及したことがあると言ったら、彼は「黒金は当時と現在、どっちがひどいの。現在の黒金のほうがひどいじゃないか」と反問した。「国安(国家安全局)の機密帳簿」に言及すると、彼はすぐ「実際は、国安に機密帳簿はないよ。帳簿はすべて一つ一つはっきりしている」と話し、陳水扁がこの件と国務機密費とを同列に論じているのを退けた。

●統独の問題はすべてウソ

彼は台湾の生き残りを非常に心配している。藍と緑(ブルーとグリーン)両陣営の泥仕合が市民に禍を及ぼしていることについて、「早急に解決しないとダメ」、一つの危機だと認識している。彼の話のなかで、黄昆輝が改組する「台湾民主社会党」が演じる中間力に対する期待、そして同時に自分が政界の超然的地位を取り戻し、両岸関係および年末の立法委員選挙と2008年の総統選挙における影響力をもう一度掌握することをほのめかした。

李登輝はインタビューが始まるとすぐ、「台独のゴッドファーザー」と見られていることについて訂正した。「多くの人たちは私に対してそのような見方が非常に強いが、見てくれよ、わたくし李登輝の言論集25篇のどこに、私が台独を強調した文章があるのか」。言論のいくつかが台独に言及したことがあるとしても、主として台湾の民主化に関心をもつことにあっただけだ」と釈明した。

「私が台独を追求する必要はない。台湾は事実上すでに一つの主権独立した国家だからだよ」。李登輝はさらに、執政当局が現在も「台独」を追求する主張をしていることにも反対している。「台独追求は後退であるだけでなく、危険なやり方だ。このようなやり方は、台湾を降格して未独立国家にさせ、台湾の主体性を損なわせるだけでなく、アメリカや大陸方面から多くの問題を引き起こすからだ」。

李登輝は率直に話す。「民進党が『台湾独立を追求する』ウソの問題を製造すると、国民党は『反台独』の御旗を祭りあげる。実際は両陣営とも、統独を利用しているだけだ。毎日、統独をしゃべるが、どれもウソだよ。どちらも権力闘争に夢中だ。いまの台湾は民主化が停滞している。みな争いに夢中、これでは一番かわいそうなのは庶民だよ」。

●台湾新憲法、票だましのワザ

「国民党は外来政権だ」とかつて言ったことはあるが、と李登輝はインタビューで初めて強調する。「いわゆる『外来政権』は事実上もはや存在しなくなった。現在は『台湾主体意識』の問題しかない。『本土』の問題も、もはやない。外省人や台湾人も、もはやない。台湾には族群問題はないのだ」。

両岸関係の方面についても話す。「特殊な国と国との関係」が「両国論」と省略化され、はなはだしくは「台独」に間違えられたことについても、李登輝ははっきりさせた。「もともと両国論は私の本意ではなかった。私の言い方は『特殊な国と国との関係』であって、これは台独を主張しているのではさらさらない」。

「国際法上の台湾の主権の位置づけは過去に判例のない、はっきりしない状況だったので、蔡英文を英国に行かせ、9名の国際法専門家に『台湾はいったい一つの国家なのか』を教えてもらった。その結果、半数がそうだ、半数がそうではない、という分かれた答えだったので、台湾と大陸にある二つの独立政治実体の間の特殊な関係を説明するために、当時のインタビューで『特殊な国と国との関係』と言ったのである。

「台湾はとっくに主権が独立しており、目下の重点は台湾を如何に国家として正常化させるかにある。たとえば、憲法第4条の国家固有の国境などの問題を改正するには、憲法修正または公民投票の方式を通して解決せねばならないが、現在はほとんどやれないでいる。民進党は『言うこととやることは別』で、憲法修正を使うと敷居が高すぎ、公民投票も困難累々、それでまだ『新憲法』を叫んでいる。それでは庶民だましだよ」。

●疎通する場がないから、両岸は解決難

李登輝は、両岸が目下疎通する場が全然ない状況を非常に心配している。「私の執政時、両岸の疎通を制度化させるために国統会を成立させ、国統綱領をつくり、双方の交流を始めた。後に綱領に基づいて陸委会、海基会を設立し、疎通の場をつくった。そのほかに辜汪会談があって、両岸が対話した。これは両岸の最もよい場だった」。

そこで李登輝は批判する。「しかし政権交代後、両岸にはコミュニケーションの場が一つもない。以前は政府間の交流が密接だったが、今は民間が自分達で密接に交流している」。

「2001年以後、両岸は一つの交流の場であるWTOを使えた。たとえば、タオル、タイルなどの貨物の反ダンピングはWTOで話し合いができる。しかし、執政党はこの場を利用せず、中国の役人がいかにも怖くてたまらない。これでは台湾人民の生き残りのチャンスを確保できないではないか」。

「両岸疎通の場が欠けているから、人民の経済生活にも影響している。私の12年の執政時、両岸の政治と経済活動は相当安定し、経済成長も少なくとも7、8%はあった。人民はその12年間で少なからず金を儲けたが、両岸の疎通が途絶えると、人民は金を儲けられず、あの12年間に儲けた金を使い出している」。

●積極開放、出る一方

実際の両岸政策の方向について李登輝は話す。「民進党政府がとった『積極開放』は『出て行くロードを一本開放したが、戻ってこない』。しかも彼らの政策はしょっちゅう変わる。積極開放が積極管理に変わる。あきれるよ。台湾全体が一桶の水のように、水は流れてゆくばかりで、入ってこない。これで人民は生活できるのか」。

李登輝は話す。「在任中に出した『戒急用忍』は大陸と関係を持つなということではない。経済はもともとツーウエイなのに、民進党はそれをワンウエイに変えてしまった。台湾の中国への経済依存度がアンバランスをもたらしたことに直面している今、退くのはもはや実質的に困難だ。だから中国との経済貿易アンバランスは、改めて検討しなくてはならない。このままワンウエイに資金、人材、技術を流失させてはならない。中国の資金を如何に引き入れるかの問題も、考えなくてはならない」。

彼は香港を例に取った。「香港は1997年の主権返還後、経済情況は非常によくなかったが、2003年と翌年に中国と香港の双方が関係を結び、大勢の大陸の観光客を香港に来させて、物を食べ、物を買い、株式も香港で上場させたら、経済はよくなった」。

李登輝はそこで、「大胆に中国資本を引き入れ、大陸人民を観光に来させるべきだ」と主張する。「大陸からの人間をみな特務と見てはいけない。そんなに肝っ玉がないようでは、何がやれるの。開放して彼らを来させて消費させ、台湾も世界のブランドが集まる場所にすればいい」。

●江沢民を批判、胡錦涛を持ち上げる

李登輝の中国に対する態度が批判から開放に変わったことが、中国の現在の指導者の胡錦涛に対する評価にも具体的に反映した。胡錦涛は水利を学んだから、比較的に実務的だと言う。「言葉少なく、無駄話せず、黙々とやる。対台湾の統戦はソフトで強引な行動はとらず、台湾人民を崩れさせる。江沢民のように、言葉が多く、やることは少ない」とは違う。江沢民の『江八点』は何をやったのか。何もやってないよ。脅かしだけだ」。

李登輝は分析する。「胡錦涛は2008年の北京オリンピックと2010年の上海博の前には、台湾に極端な手段はとらないはずだ。しかし、2012年になると胡錦涛は交代させられる。その次の中国指導者がどう出てくるかはわからない。そのとき、両岸にまだ利用できる疎通の場がないと、非常に危険なことになる。2008年に新しく就任する台湾の総統が、すばやく疎通するパイプと場をつくることを期待するしかない」。

国内の経済政策について、李登輝は話す。「執政当局は目下経済政策に方向性がないから、投資者には投資できる新しい事業がない。今、銀行にはカネがジャブジャブだぶついている。1、2千万元のカネを銀行に預金しに行くと、銀行は要らないというのだ。その意味は、台湾には投資するチャンスがなく、方向がないからだ」。

しかし、実際に台湾は材料とバイオテク方面で非常に大きな空間を発揮できると、彼は指摘する。「たとえば、母校のコーネル大学には私の名義で設立したナノ研究所があり、政府もカネがあり、投資して株主になれるが、利用の仕方がわからないでいる。政府は新しい産業投資奨励法を制定し、台湾の企業家が中国大陸で儲けたカネを戻らせて、はじめて台湾人民の生活を改善できる」。

李登輝は、蒋経国時代に国内の石油化学のなかの下流の工場の整理再編を助ける仕事をしたことがあるので、石油化学工業にも詳しい。「たとえば、台湾プラスチックの6工場に政府は20万トンの水を供給したことがあり、現在は80万トン使っている。濁水渓ダムは供給十分であり、用水価格も一般水価格の三分の一だ。台プラは一年に何億も儲かっている。政府が台プラを助けたから、台プラはいま大いに儲かっているのだから、社会にお返しをするべきだ」。

●陳水扁はウソつき、受けて立たない

国内の政治情勢に話が及ぶと、李登輝は昨年3月からずっと台湾が現在直面している危機存亡の問題を考えてきたと話す。「藍緑陣営の泥仕合の情況下では、今年から来年までに何か中間力が出現することを期待するしかない。黄昆輝が引き継いだ台聯が改組後、中間左寄り路線に移動し、台湾の新しい中間力になることに希望を寄せる」。

陳水扁に話が及ぶと、李登輝の批判は遠慮しない。陳水扁はウソつきだとはっきり言う。どうしてかというと、扁・宋会合のあと扁が批判を受けると、それは李登輝が提案したから宋に会いに行ったと言い訳をしたからである。「非難されると、一人の老人のせいにする。事実でないし、受けて立つこともしない」。

李登輝は今、扁と連絡がないことを否定しない。「彼が三立テレビのインタビューで何を話したか、私は聞きたくもない。人をよこしても、私は相手にしない」。本誌記者が彼に陳水扁執政7年の評価を求めると、「いや、いや」と断った。

●公義を堅持、扁支持は拒絶

国務機密費について、李登輝は語る。「国務機密費事件を、阿扁は機密外交だと弁解する。しかし、外交は総統と関係があるが、総統府とは全然関係がないのだから、どうして国務機密費まで持っていけるのか。彼は当初、一審判決が有罪であれば降りると言ったが、後に危ないと見るや、任期終了後に自己弁護すると言い出す。今、彼はまた機密外交の内情は死んでも言えないと言い出す。これでは、どうやって自己のために弁護するのか」。

李登輝は、自分は陳水扁と違うと言う。「私には神があり、神の思し召しには背けない。昨年、扁打倒ブームが起きたとき、一部の長老教会の台独派牧師が扁支持を公にしたので、ある家庭礼拝で彼らに話した。神の目には、牧師も信者も同じだ。生前に公義の精神を本当に維持するかどうかは、死ぬ前にだれでも審判を受けるのだと」。

●馬は肝っ玉がないので高く出る

国民党主席を担ったことがある李登輝は、2008年に総統選挙に出る可能性が高い馬英九を評す。「馬は確かに肝っ玉がない。馬は仕事を最後まで堅持しなくてはならないときに、批判を受けると、最後まで堅持できなくなる。気迫不足だね。これではいずれ、彼は問題を引き起こすよ」。

「馬先生のいい点はクリーンだが、高すぎる話はせず、高すぎる標準はつくらない方がいい。降りられなくなるからだ。クリーンは当然やるべきだが、話さない方がいいときもある。馬については、彼がどうやり抜くかを見なければ、彼がいい指導者になれるかどうかわからない」。

彼はまた、「馬英九はカリスマをやりすぎている」と言う。「総統になるにはカリスマづくりに凝る必要はない。あんなテレビや新聞には構わず、誠心誠意に自分の仕事をやり、正直に庶民と向き合えばいいし、庶民と政治のことを話せばいいのだ」。

●蘇・謝と会い、書を贈る

民進党の蘇貞昌、謝長廷なども続々、彼に教えを乞いにきて彼の支持を求めている。「彼らはいずれも私に支持を求めたいが、私は彼らを支持するとは言えないから、彼らとは、指導者の条件について話すしかない。彼らに何冊かの本を上げ、家に帰って読めというだけ」。李登輝がいう本当の新世代の台湾の指導者の条件とは、国家観念を持ち、国家のために働きつづけ、次代のために努力する考えがなければならず、選挙の勝敗のためではないのである。しかし、新しい指導者には、このような考え方がどうも欠けているのだ。

李登輝は言う。「多年政治に携わってきたが、最も満足に感じないのは、台湾が民主化したあとも、台湾人はどうも幸せを感じていないようだということだ。そして、執政当局が終始両岸の危機を正視していないことについて、「総統府の連続ドラマが面白いから、それを考える時間がないのだろう」と笑った。(以下略)

(日本語訳は2月8日付・メールマガジン『台湾の声』から転載)