日本語で和歌や俳句や川柳を創作する台湾の日本語世代の活動紹介も

平成14年(2002年)12月に日本李登輝友の会が設立されたとき、その初代会長に就かれたのは作家の阿川弘之さんだった。今は名誉会長に退かれている。

阿川さんが「文藝春秋」の巻頭随筆「葭の髄から」を連載されていることは夙に知られているが、この巻頭随筆は確か司馬遼太郎氏の後を継がれたはずだ。文壇の第一人者が書くと漏れ聞く。

この「葭の髄から」にはこれまで台湾に関することも取り上げ、元台湾少年工で「台北歌壇」を「台湾歌壇」に正名した歌人・洪坤山さんの詠んだ和歌を「心の祖国」と題して紹介されたこともあった。阿川さんは、今も日本を心の祖国と思ってくれる台湾歌人の心意気に感激し、それを夫人に伝えようとしたが、言葉にならず、共に涙したことをつづっている。

北へ対き年の初めの祈りなり心の祖国に栄えあれかし  洪 坤山

阿川さんは今月10日発売された「文藝春秋」11月号にも「台湾の川柳」と題して、本誌でも紹介推薦した今川乱魚編、李琢玉著『李琢玉川柳句集 酔牛』を「葭の髄から」で取り上げている。

菊池寛賞を受賞した孤蓬万里こと呉建堂氏の『台湾万葉集』や正岡子規賞を受賞した黄霊芝氏の『台湾俳句歳時記』などを紹介しつつ、台湾には未だ日本流短詩創作の活動をつづけている人々がいることをつづり、『酔牛』を本題として紹介されている。少なくなりつつある台湾の日本語世代への慈しみと感謝の念に貫かれた一文である。

本会メールマガジン『日台共栄』でも紹介したように、柳号「李琢玉」こと李珵璋さんは蔡焜燦さんの大の親友だった。昨年8月末に癌で亡くなられている。日本文壇の第一人者である阿川さんをして「軽みと堅確さと両方兼ね備へた由緒正しい立派な日本語だと感じ」させ、ほろりとさせたのだから、以て瞑すべしと言っていいかもしれない。

下記に阿川さんの「台湾の川柳」をご紹介します。

因みに、阿川弘之さんに本書を寄贈されたのは蔡焜燦さんで、文中に出てくる李琢玉さんの肖像写真は、この本の出版に尽力した一人で、番傘川柳会会員でもあるカメラマン村田倫也さんの撮影によるものです。