20160123-01

総統選翌日の台湾紙・自由時報の紙面

総統選で当選した蔡英文・民進党主席や、68議席を獲得した民進党の今後の政権運営について、国際政治学者で拓殖大学客員教授の藤井厳喜氏が、日本が為すべきことや必ずしも親日一辺倒ではない蔡英文政権の内実などについて指摘している。

原題は「実は親日とは言えない! 台湾『左派』政権で日台関係は後退するのか」だが、文意を斟酌して「台湾の新動向に日本が応える一番の道」としたことをお断りしたい。


実は親日とは言えない! 台湾「左派」政権で日台関係は後退するのか 藤井厳喜(国際政治学者)

【オピニオンサイト「iRONNA(いろんな)」】

1月16日の台湾総統選挙ならびに立法委員選挙で民進党が圧勝した。民進党の蔡英文候補は約689万5000票、得票率で56.1%を獲得し、国民党の朱立倫候補の約381万3000票、得票率31.0%に大差をつけた。又、立法委員(国会:全113議席)の選挙においても、民進党が圧勝し、68議席(得票率で約60.2%)を獲得。国民党は35議席(得票率で約31.0)にとどまった。

民進党の大勝利は日本にとっては朗報である。台湾国民は、中華人民共和国との併合を拒否し、独立を維持する意志を民主的選挙によって極めて明確に示した。これは、チャイナの脅威に直面する日本、アメリカ、並びに周辺諸国にとっては極めて歓迎すべき台湾国民の選択である。米中新冷戦は激化している。日本は、尖閣列島への侵略を初めとして、チャイナの脅威に直面している。安倍外交は対チャイナ包囲網を作り、これに対抗しようとしている。このような時に、台湾国民が独立と民主政治を守る意志を世界に堂々と示した事は、日本の国益にとって一歩前進であった。蔡英文候補の勝利により、日本は対チャイナ包囲網に台湾を加え、チャイナの脅威に対抗していくことが可能となった。

国民党は総統選挙で大敗を喫したばかりではない。立法院選挙でも、予想外の壊滅的敗北となった。台湾立法院は全113議席だが、この3分の1、つまり38議席を下回ると、重要法案に関する発言権を確保する事が難しくなる。そこで今回の立法院選挙では、国民党が38議席できるのか、それとも37議席以下になるのかは、国民党の将来を上回る重要な分水嶺と言われてきた。流石に底力がある国民党なので、40議席は確保できるのではないかという声が、選挙アナリストの間では有力であった。しかし結果は予想外の35議席の獲得に留まった。党内の責任追及は必至で、国民党の分裂は不可避であろう。言い換えれば、現在まで維持されてきた中華民国体制の中での「疑似的な二大政党制」が、いよいよ崩壊の時期を迎えているのである。

中華人民共和国が台湾との併合を主張できるのは、あくまで国民党が作った中華民国体制が存続しているからである。この中華民国という国名が廃棄されて、台湾共和国と名称が変われば、中華人民共和国が「1つの中国」を建前に台湾を併合するという正当性は全く消滅してしまう。今後の政界再編の眼目は、中華民国のまま留まるのか、それとも、台湾国民が独立建国の方向を明確に選び、台湾共和国を創建するかどうか、の選択であろう。日本国民の大多数が台湾共和国の誕生を支持している事は言うまでもない。

現状では台湾世論の6割が中台関係の現状維持を望んでいると言われている。これはこれで1つの事実だが、それは台湾独立を望んでいても、それを公に口に出した途端に、中華民国体制と中華人民共和国の双方から、激烈な批判を受ける為である。内心はそう思っていても、それを恐れて、台湾独立を言い出せない国民が多いのであろう。しかし、近年の「ひまわり学生運動」などで明らかになったように、若年層では、明確な「台湾人意識」が益々強まっており、それは反チャイナの台湾ナショナリズムと表裏一体の関係にある。台湾人意識の高揚は当然の事ながら、台湾共和国の独立と建国を希求するのである。

◆日本版「台湾関係法」一日も早く立法化を!

こういった台湾の新動向に日本が応える一番の道は、日本版の「台湾関係法」を一日も早く立法化する事である。台湾関係法の原案は既に、日本李登輝友の会を中心として準備されている。アメリカの台湾関係法のように、兵器の供給までは約束できないが、台湾を事実上の独立国、中華人民共和国とは無関係な政治的実体として認識し、これとの関係を日本の法体系に織り込もうとするのが、この台湾関係法である。現在、多数の台湾人が日本に居住し、又、日本人が台湾に居住しているにも関わらず、台湾に法的な位置づけが与えられていないのは、法治社会日本の1つの汚点となっている。

実務外交を進める上でも、あるいは今まで進めてきた実務外交の正統性を確保する為にも、台湾関係法の制定は日本政治の急務である。

◆予断を許さぬ蔡英文政権の船出

蔡英文候補と民進党は圧勝したが、蔡政権の前途は多難である。圧勝した理由の1つは、現在の台湾経済の苦境である。多くの平均的な台湾国民は、蔡新総統に派手な外交的パフォーマンスではなく、経済を好転させる事を望んでいるのだ。世界経済の現状を考えると、4年間で台湾経済を、誰が見ても分かる様な形で好転させる事は、極めて難しいと言わざるを得ない。

又、国内には、国民党が育てた官僚制度・司法制度・マスコミ体制が厳然として存在し、この体制との戦いは、熾烈を極めるであろう。陳水扁政権は、自ら国民党と同様の内部腐敗を起こし、国民に見限られてしまった。これが馬英九政権の2期8年という危険な時代を招く結果となった。蔡英文総統個人に、汚職や政治腐敗の可能性は少ないが、民進党政権全体としてみれば、国民党の腐敗体質に汚染されている政治家も少なからず存在する。

蔡英文新総統としては、特に軍事と外交の内実を引き締め、台湾の独立維持を可能とするような新体制を作らなければならない。これは非常に地味だが重要な仕事である。なぜならば、馬英九総統は、外交と軍事を骨抜きにするサボタージュ行為を行なってきたからだ。

日本人として気を付けなければならないのは、民進党が必ずしも党をあげて親日であるというわけではない、という事である。これは国民党員の全てが必ずしも反日ではない、という事と表裏一体である。確かに台湾は世界一の親日国である。しかし民進党は基本的に左派・進歩派的傾向の政党であり、自由・民主・人権などの左派的普遍的価値観に基づいて作られた政党である。又、国民党独裁時代は、国民党は中華民国体制を前提として、日本に親・中華民国の政治家を育成してきた。今まで対日関係を強化してきたのは、主に国民党であったので、民進党と日本の間には、太いパイプが存在しないのである。

蔡英文新総統を含め、民進党の政治家の中には日本の政治家と信頼できるコネクションを持っている人物は極めて少ない。日本としては、民進党勝利は、全体として極めて歓迎すべき事態ではあるが、日本の保守層と台湾の民進党支持層の間には、かなり意識の格差もある。こういった事も十分、認識しておくべきだろう。