本会では平成24年(2012年)からほぼ毎年、「政策提言」を発表してきており、今年もこの3月に今年度の政策提言として「『日台交流基本法』を早急に制定せよ」を発表致しました。

ご高承のように、1979年制定の「台湾関係法」において防御的な性格の兵器を台湾に供給することを定める米国は近年、台湾とのさらなる関係強化を図り、「台湾旅行法」(2018年3月)や「アジア再保証イニシアチブ法」(2018年12月)を制定し、本年4月30日には上院、5月7日には下院も、全会一致で「台湾に対する米国のコミットメントと台湾関係法の実施を再確認する決議案」を可決しています。ご高承のように、これは米国が「台湾関係法」と「台湾に対する六つの保証」を米台関係の基盤とすることを再確認することを内容としています。

日米同盟を組む一方の米国がこれだけ積極的に台湾との関係強化を図る措置を講じているにもかかわらず、日本には台湾に関する法律が一つもありません。これでは日米同盟のバランスが取れないばかりでなく、これまでに結び、今後も結ばれる取決めや覚書の法的基礎がなく、法律で担保できない極めて不安定な状態にあると言えます。

そこで、本会は2013年の政策提言「日台関係基本法を制定せよ」に続き、今年3月に新たな政策提言として、7条から成る法案を記した「『日台交流基本法』を早急に制定せよ」を策定し、本会の渡辺利夫・会長と林建良・常務理事の論考を参考に付して発表した次第です。心強いことに、謝長廷・台北駐日経済文化代表処代表は、日台の良好な関係を次世代に伝えていくための礎となると、日本側にこの法律制定を促したいと公言されています。

本会は6月、政策提言の実現に向け、中国語訳と英訳を合わせて1冊とした「2019政策提言」(A4判、36頁)を作成、安倍晋三・総理や菅義偉・内閣官房長官をはじめとする政府関係者や防衛担当者などに送達しました。李登輝総統や蔡英文総統など台湾要路の方々や米国の安全保障関係者にもお送りしました。

ここにその日本語の全文をご紹介するとともに、ご理解の上、実現にお力添えのほどお願い申し上げます。


日本李登輝友の会「2019政策提言」

「日台交流基本法」を早急に制定せよ

平成31年(2019年)3月24日

会長 渡辺利夫

副会長 石川公弘 加瀬英明 川村純彦 黄文雄 田久保忠衛

趣旨:外に向かっては覇権の拡張を押し進め、国内では国民のすべてを監視下に置く中国は、今や国際社会の平和と安全、人権にとって深刻な脅威となっている。同時に、習近平政権は、台湾を併呑し、南シナ海を聖域化することで、アメリカと軍事的に対峙しうる能力の獲得を目指している。一方、中国の拡張を阻止する上で絶好の位置にあり、自由と民主主義を尊重する台湾の存在は、アジア太平洋の、とりわけ日本の安全にとって不可欠である。今こそ、日米台が安全保障上の協力体制を固め、日台間に法的基礎を置くため、一日も早く「日台交流基本法」を制定するよう提案する。

提案:日本李登輝友の会は、2013年に「日台関係基本法」の制定を求める政策提言を発表した。以来、政界をはじめとして各方面で法制定のための動きが見られたが、残念ながら未だ実現には至っていない。

その後の5年間に、日本と台湾をとりまく情勢には大きな変化があり、蔡英文総統が産経新聞のインタビューに答えて、日台の「安全保障の実務における対話」を求め、「法律上の障害を克服」することに期待を示したように(2019年3月2日付「産経新聞」)、法制定の必要性はますます高まっている。これらの変化を踏まえて、本会では、従来の提言、「日台関係基本法」に代えて、「日台交流基本法」の制定を求めることとした。

2019年は、国共内戦の結果として中華民国政府が台湾に移転して70年である。この間、1971年に国連での議席を共産党の中国に取って代わられた台湾の中華民国は、次々に各国との国交が断たれ、国際的な孤立に陥り、1972年9月には日本と、1979年にはアメリカとも断交して今日に至っている。

1970年代は、米ソ冷戦の只中にあり、アメリカはベトナム戦争からの撤退とソ連封じ込めを主要な課題としており、世界の主要自由民主主義国家は結束のためにG7を形成し、対ソ戦略に「中国カード」を用いようとした。

一方、台湾の中華民国は1987年まで続く蒋介石、蒋経国の時代には、全中国の支配権を主張し、武力を用いて中国全土を共産党から奪還する「大陸反攻」「復興中華」を呼号していた。

このため、日本が、中華民国と断交した後、日台双方に設立された両国間の交流を担当したのは「民間団体」であり、その名称は日本側が「交流協会」、台湾側が「亜東関係協会」という漠然たるものとなった。中華民国が「台湾」として扱われることを拒否する一方、「1つの中国」に固執する中国のために、「中」「華」の文字も使えなかったからである。

1972年12月26日に調印された両団体間の「在外事務所相互設置に関する取り決め」では業務内容として、両「民間団体」は「相手方に在留する自国民の身体、生命及び財産並びに相手方にある自国の法人及び自国民が相手方において設立した法人の財産及び権益が侵害されることなく十分な保護を与えられるよう、関係当局との折衝その他一切の必要な便宜を図ること」(第3項)と定めた。これに対して同日、日本では二階堂進・官房長官が、台湾では沈昌煥・外交部長(外務大臣に相当)が、それぞれの「民間団体」の活動支援を表明した。これ以来、日台双方の「民間団体」間の合意は両国によって執行されてきた。しかし、両団体の合意を日台双方が執行する保障は、保障ともいえない上記の両国の表明のみであって、法的基礎がないまま46年が経過した。

この間、台湾では李登輝政権による民主化の推進と、3度にわたる政権交代を経て、民主主義は揺ぎないものとして定着するとともに、中華民国を「台湾」と称することに問題がなくなった。今や「台湾」を「台湾」と記し、台湾の人々を「台湾人」と称することは、台湾の住民意志の大勢である。

2011年の東日本大震災に際して、日本は台湾から官民を挙げての熱い支援を受ける一方、2016年2月の台南地震や2018年2月の花蓮地震に際しては、日本から台湾に向けて多くの支援や励ましの声が届けられた。双方の経済交流と人的往来も増加の一途をたどっている。今日、日台の関係は、相互の人々を思いやる気持ち、経済および人的交流の大きさ、濃密さにおいて、世界でも際立った関係といえる。

こうした情勢の中で、2017年1月1日、中国からの強い抗議にも拘らず、日本政府は「交流協会」の名称を「日本台湾交流協会」に改めた。これに呼応する形で、台湾側も「亜東関係協会」を「台湾日本関係協会」と改めた。

これは、2016年1月16日に民主的な選挙で蔡英文候補の当選が決まった際に、岸田外相が祝意の談話を発表し、「台湾は基本的な価値観を共有し、緊密な経済関係と人的往来を有する重要なパートナーで、大切な友人だ」とした上で「日台間の協力と交流の更なる深化を図っていく」と述べ、また安倍首相が同年5月20日、蔡英文総統就任の日に、台湾との関係について「我が国との間で緊密な経済関係と人的往来を有する重要なパートナーである」と答弁書に記したことに鑑みれば、日本と台湾の関係が新たなステージに入ったことを象徴するものといえる。

中国は、台湾が自国とは別の実体として存在することを意味する「一中一台」や「二つの中国」を認めず、台湾併呑への意志をあからさまに示し、圧力を高めている。2017年10月の第19回中国共産党大会の政治報告で、習近平総書記は「『台湾問題』を解決し、祖国完全統一の実現は、すべての中華民族の共同の願望」であると宣言した。また、2019年1月2日には、「台湾同胞に告げる書40周年記念式典」で、台湾の「平和統一」を求めたばかりでなく、「我々は武力行使の放棄は受け入れない」と述べ「必要ならあらゆる手段をとる」と断言した。

現に習近平政権の中国は、経済力をもって台湾の政治的統一を促進する方策を進めている。台湾企業と台湾人に中国の内国民待遇を与えて、「台湾アイデンティティ」を切り崩し、「台湾人」を再び「中国人」にしようとしている。さらに中国は、インターネットの操作やメディアへの圧力をもって台湾の選挙に干渉している。

また習近平政権は、「一帯一路」政策の下、ユーラシア大陸を中国の勢力圏に収めようとし、またアメリカと軍事的に対峙するために、南シナ海に人工島を作って軍事化を進め、この海域を中国の聖域にしようとしている。

九州から連なる南西諸島、そして台湾は、海洋進出を図り海洋強国を目指す中国の太平洋への出口を塞ぐ天然の要塞である。さらに台湾は、東シナ海と南シナ海の結節点であり、地政学上の要衝でもある。万が一にも中国による台湾統一があれば、日本の安全も日米安保体制も大きな脅威を受けることになる。

中華人民共和国は1949年の建国以来、一貫してアメリカと対峙し、さらには凌駕する世界の強国を目指してきた。習近平総書記は、海洋強国、軍事強国の実現を目指し、2035年までには社会主義現代化強国の基礎を実現し、軍事近代化を終え、21世紀の中葉には、世界一流の軍隊をもつ「社会主義現代化強国」となると公言している。

これに対してアメリカは、台湾の自由民主主義を尊重するともに地政学的重要性に注目して、台湾との関係を強化し、その安全と安定、繁栄を支援している。

トランプ政権は、2017年12月にアメリカの「国家安全保障戦略」を発表し、南シナ海への中国の進出を主要な脅威とみなして、台湾支援の必要性を明記した。2018年3月には、アメリカ上下両院はそれぞれ全会一致で、米台高官の相互交流を認める「台湾旅行法」を成立させ、トランプ大統領がこれに署名した。2018年、19年の「国防権限法」は、台湾への武器売却を認め、米軍と台湾軍の共同演習を容認する一方、中国のRIMPACへの参加を拒否するよう求めた。さらに2018年12月31日、トランプ大統領は、米議会上下両院の全会一致の賛成を得た「アジア再保証推進法」に署名した。この法によりアメリカは、改めて台湾への武器売却を認めるとともに「台湾旅行法」の積極的な執行を求めている。つまり、議会とトランプ大統領、共和党と民主党は、中国の脅威への認識と台湾支援という実において完全に一致している。

その背景には、中国が豊かになれば、自由と民主主義を共有する国になるだろうという楽観主義に基づき、過去25年に渡ってアメリカが対中投資と技術移転を進めてきた「対中関与政策」が誤りだったという反省がある。科学技術が進み、経済力を高めた中国は、科学技術と資金を用いて、対外的に覇権を求める一方、国内では全国民を監視、抑圧する史上最悪の独裁国家になりつつあることにアメリカは気づいたのである。

2018年10月4日の、ハドソン研究所でのペンス副大統領の演説は、中国がキリスト教、仏教、イスラム教への宗教弾圧を進め、全米の大学、研究機関に浸透して影響力を行使し、ハリウッドの映画製作にまで干渉していることを指摘して、習近平政権の覇権主義と人権抑圧に対する警鐘を鳴らした。

米ソ冷戦の只中で、先進諸国が中国の迎え入れを進めた1970、80年代とは一転し、今や中国こそがアジアの、否、世界の人々の平和と安全、人権の脅威となっている。

台湾及びその周辺海域をめぐる東アジアの緊急事態に備え、自由と民主主義を共有する日米台が緊密な協力体制を整えなければならない。このために日本は、今こそ台湾との交流関係に法的基礎を据え、習近平政権の「中華民族の夢」が、日本と台湾の悪夢にならないための法的基盤を固めなければならないのである。

日本台湾交流協会と台湾日本関係協会の間では、2010年4月30日に結ばれた「日台双方の交流と協力の強化に関する覚書」以後、2011年11月の「オープンスカイ協定」、「日台民間投資取決め」を締結、2013年4月には「日台民間漁業取決め」に署名して、尖閣諸島海域の日台の漁業紛争を解決に導いた。その後、2014年11月「日台出入境管理協力覚書」、2016年6月「日台民間租税取決め」、同年11月「日台防災実務協力覚書」、2017年11月「税関相互支援のための日台民間取決め」、そして同年12月「海難捜索救助分野の協力に関する覚書」など数多くの合意を積み上げてきた。

しかし、以上の合意の中には、本来「民間協定」にはそぐわない事項も少なくない。このような状況は法治国家として極めて不自然かつ不適切である。まして中国の政治的、経済的、軍事的拡張主義により緊迫する台湾海峡、東シナ海、南シナ海情勢に鑑みれば、緊急時に備えた日米台の軍事的、外交的協力態勢が必須である。安全保障協力には国法の基礎を欠かすことができない。「民間協定」「民間協力」で済ませられるはずがないのである。

以上のような日米台および国際情勢に鑑み、日本李登輝友の会は、すでに結ばれた実務上の交流に関する取決め、及び今後必要となる取決めに対する法的基礎を与えるために、日本政府が一刻も早く以下に示される「日台交流基本法」を日本の国内法として制定すべきだと考える。

*     *     *

日本と台湾との相互交流の基本に関する法律(略称:日台交流基本法)案

  【目的】

第一条 この法律は、アジア太平洋地域の安定と繁栄の実現のため、日本および日本人と台湾および台湾人との通商・貿易・文化・安全その他の交流を発展させることを目的とする。

 【基本理念】

第二条 ① 日本および日本人は、台湾および台湾人との、より広範、密接かつ友好的な経済・文化その他の関係を維持および促進する。

② アジア太平洋地域における平和と安全の基礎の上に日本の外交が遂行されることは、日本にとって政治、安全および経済上の利益であり、国際的に有意義である。

【法律上の権利の保障】

第三条 台湾人がわが国の法律によりこれまでに取得し、または今後取得する権利は、公共の福祉に反しない限り保障される。

 【情報の共有】

第四条 アジア太平洋地域の安定と繁栄の実現のために必要と認めるときは、日本政府は台湾政府に対して必要な情報を提供することができる。

 【相互交流に関する事項】

第五条 日本と台湾の相互において、それぞれ日本人および台湾人の身体、生命および財産の保護その他に関する事項、台湾人および台湾に在留する第三国人の日本への入国その他に関する事項、日本と台湾との経済、貿易、観光等に関する事項、並びに日本と台湾との学術、文化およびスポーツの相互交流等に関する事項は、財団法人交流協会と亜東関係協会との取り決め(一九七二年一二月二六日署名)によって処理するものとする。

 【台湾側機構】

第六条 ① 日本政府は、台湾日本関係協会およびその職員の申請により、台湾日本関係協会の日本における法人格の付与およびその職員の外交官に準ずる特権および免除の取扱いの措置を講ずることができる。

② 前項の措置を講ずるにあたって必要があるときは、日本政府は、法改正の措置を講ずるものとする。

第七条 この法律において「台湾日本関係協会」とは、日本と台湾との相互交流に関する事項について権限を有する、台湾によって設立された台湾日本関係協会と称する機構をいう。

【参考論考1】
日台交流基本法の制定―台湾に法的位置づけを

日本李登輝友の会常務理事  林 建良

「日本にとって台湾は存在しない」と言えば、多くの日本人は「そんな馬鹿な」と思うだろう。しかし、それは紛れもない現実である。日本の法律には台湾は存在しない。台湾は無戸籍者のようなものである。

1972年以降、日本は台湾を国として認めない一方、自国の一部だという中国の主張も認めていない。台湾は日本にとって、国でもなければ地方でもなく、法的位置づけが全く存在しないのだ。日本は国家主権に関わる出入国管理業務を含め、台湾との一切の交流を民間の名義で行っている。実質的には政府間の合意であっても協定や条約とは呼ばず、民間の「取り決め」や「覚書」として誤魔化してきた。その最大の理由は、日本が台湾の法的存在を認めないことにほかならない。

 日本はなぜ安全保障において重要な位置を占める台湾との関係をこのように不安定にしてしまったのか。言うまでもなく、その原因は中国だ。戦後の日本はいかに中国を刺激しないかを優先して対中外交を行った。中国の主張を「理解し尊重」するために台湾と一切の公的関係を持たず、「民間交流」という形で自己制限してきた。中国の歓心を買い台湾を蔑む、こうした外交政策が果たして成功しているのかは、中国の日本に対する一連の理不尽な言動でわかる。それでも日本が頑なにこの外交姿勢を維持しているのは実に不思議だ。

アメリカはトランプ政権になって戦略を変え、中国を利益共有者から敵対的ライバルと扱うようになった。この大転換は一時的なものではなく、時代の大きな流れにおける一つの重要な通過点で、トランプ政権以降も続くことを認識すべきである。これに基づくインド太平洋戦略は、まさに日米を中心とする中国包囲戦略だ。その成否の鍵を握るのは、ほかでもない台湾の存在である。

この大戦略を前にして、台湾と民間交流しかできない日本が、どうやって台湾との安全保障上の連携ができるというのか。実はこれは日本の国土防衛における大きな欠陥だ。これを解決するためにも日本は台湾を法的に位置づける必要がある。

平成国際大学の浅野和生教授は日台間の現行の取り決めをベースに「日台交流基本法」案を提案しており、日本はすぐにでも法制化できるはずだ。日台ともに利する法案だから当然中国は強く反対するだろうが、成否を握るのは日本人の覚悟のみなのだ。

【日本李登輝友の会 機関誌『日台共栄』2018年9月号「巻頭言」】

【参考論考2】
日台関係の法的基礎を明示せよ

 拓殖大学学事顧問 渡辺 利夫

国家主権、安全保障、領土保全など、他国には譲れない重要な国家利益のことを中国では「核心的利益」という。これには、台湾、チベット、新疆ウイグル自治区、南シナ海、尖閣諸島などが含まれるが、核心の中の核心は台湾である。中国が国共内戦で唯一、取り逃がした地域が台湾だからである。中国にとって台湾統一は「祖国統一」問題である。それが実現される日まで中国が祖国統一の旗を降ろすことはない。

◆米国の意思を込めた台湾関係法

国力と軍事力において圧倒的に優勢な中国が、なぜ台湾統一の挙に出ないのか。米国の「台湾関係法」の存在ゆえである。米国は1979年1月1日の米中国交樹立の直後、同年4月に米国の国内法として台湾関係法を議会で成立させ、同法を同年1月1日に遡及(そきゅう)して施行することにした。第4条A項はこうである。「外交関係と承認がなくても合衆国の法律の台湾への適用には影響力を及ぼさず、また合衆国の法律は1979年1月1日以前と同様に台湾に適用されなければならない」

これにより54年以来の「米華相互防衛条約」の精神は台湾関係法としてなお継承されている。米軍の台湾駐留はないものの、米台は事実上の軍事同盟下にある。米国の台湾に対する武器売却も台湾関係法によって正当化されている。米国が台湾と断交したからといって、これにより台湾が中国の一部になったわけではなく、台湾の米国にとっての重要性が変わったのでもない。ならば断交という現実を前にして、米国は台湾といかに向き合うべきかを、他の誰の利益でもなく米国自身の国益の観点に立って同法を成立させたのである。米国の厳たる国家意思をここに読み取ることができる。

対照的に、日本はどうか。日本には台湾との関係を律する法律の一切がない。72年の日中共同声明では台湾が中国の「不可分の一部である」という中国の立場を日本が「十分理解し、尊重」したのであって、国際法的にはそれ以上でもそれ以下でもない。しかし、いつの間にやら台湾が中国の一部であるかのごとく受け取られるようになってしまった。実際、岩波書店の広辞苑の最新版でも、日中共同声明の項目についてはこう記される。「中華人民共和国を唯一の正統政府と承認し、台湾がこれに帰属することを実質的に認め、中国は賠償請求を放棄した」

◆海峡の現状維持は可能なのか

日中共同声明の発出時点、中国は主敵ソ連との軍事的対立において瀬戸際に立たされ、反ソ包囲網形成に国運を賭していた。米中・日中国交樹立は包囲網形成の重要な手段であった。日中国交樹立を強く望んでいたのは、日本ではなく中国の方であった。どうしてあの時期、日本は米国の台湾関係法に類する国内法を制定できなかったのか。実際には、そんな気配はまるでなかった。逆に日本は一色の「中国ブーム」だった。プロレタリア文化大革命を「人間的な革命」といい「魂にふれる革命」だという、いま振り返ればおぞましいほどのセンチメントが日本のジャーナリズムを覆っていた。米国のような理性的な判断ができる状況には全くなかったのである。

しかし、あれから半世紀、中国の国力と軍事力は格段に強化された。台湾海峡の「現状維持」がいつまで可能か。これまで現状維持が可能だったのは米国の台湾関係法の存在ゆえである。日本が台湾有事に巻き込まれずにいられたのもこの法律のゆえである。しかし、強大化する中国の軍勢を前に、日本は今後も米国の国内法に甘んじるだけでいいのか。

◆日本は安保政策の議論を尽くせ

日台交流は、双方の民間窓口機関を通じてなされており、これが人的往来、在留、船舶・航空機の運航、経済、文化交流などの事務に当たっているが、法律的な裏付けはない。日台漁業協定をはじめ、民間租税、民間投資に関するものを含めてこれまで多くの取り決めが積み上げられてきた。

しかし、これらはすべて民間機関相互の取り決めであり、国際法ではもとよりない。法的裏付けのない不安定性の中で辛うじて「実務関係」を維持しているのが日台関係である。実務関係を担保する法的根拠が明示されねばならない。

加えて、安全保障の問題がある。安全保障といっても、現在では伝統的な軍事的領域にとどまらず、国際テロ、海賊、捜索、救難、自然災害などの非伝統的領域にまで広がっている。これらに関する日本との情報共有や共同行動から台湾を排除しておいていいのか。それで日本の国益が損なわれることはないのか。日本版の台湾関係法を成立させねばならない。

「日本李登輝友の会」は、浅野和生教授の主導により2013年3月に「我が国の外交・安全保障政策推進のため『日台関係基本法』を早急に制定せよ」を政策提言として発表している。議論の盛り上がりを切に希望する。

【産経新聞「正論」:2019年1月11日】