産経新聞の報道(ウェブ版)より

1月26日付の産経新聞は第3面で「広辞苑 相次ぐミス指摘 “国民的辞書”揺らぐ信頼」という大見出しを付して8段抜きの大きな記事を掲載した。

記事は2本立てで、1本目は「LGBT」(性的少数者)や「しまなみ海道」「坊守」などの項にミス指摘が相次いでいる状況について「もっと丁寧に調べてほしかった」と苦言を呈する金井景子・早稲田大教育学部教授などのコメントを紹介。

2本目は「『台湾省』20年前から記載」の見出しの下、台北駐日経済文化代表処などが訂正を要求していた台湾関係記述について、松田康博・東大教授の「日本の代表的な辞典としては瑕疵(かし)と言わざるを得ない。それを指摘されても認めない立場を宣言したのは残念だ」というコメントを載せている。ここでは「『日本李登輝友の会』の会員が、岩波書店に当該部分の訂正を要求」と、第6版が発売された直後の2008年2月に本会会員が訂正を要求していたことにも言及している。

松田教授は現在、東京大学東洋研究所教授で「中国と台湾を主な研究対象とした東アジアの国際政治を研究」し、著書に『台湾における一党独裁体制の成立』、共著に『岐路に立つ日中関係―過去との対話・未来への模索』や『日台関係史―1945-2008』がある研究者だ。

その研究者が『広辞苑』の台湾関係記述を「瑕疵」と指摘し、「それ(瑕疵)を指摘されても認めない立場を宣言したのは残念」と批判している。

「瑕疵」とは、『広辞苑』第7版によれば「きず。欠点」(543ページ)のことだ。松田教授は短いコメントなので具体的にどこが「瑕疵」なのかは指摘していないが、『広辞苑』第7版によれば「きず」(708ページ) は、3番目の意味として「不完全な所。非難すべき所。欠点」とあり、4番目の意味として「恥辱。不名誉」と記している。つまり、松田教授は『広辞苑』の台湾関係記述は「不完全で非難されなければならない、恥辱とすべき不名誉なこと」だと指摘しているのだ。

松田教授につづき、今後も専門家や研究者が具体的に批判してくるだろう。すでに、1月26日に発売の月刊「HANADA」3月号で、近現代研究家で『「広辞苑」の罠』という著書もある水野靖夫氏が「『広辞苑』は偏向、有害辞典」と題し、広辞苑の記述は「本当にひどいものばかり。しかも、徐々にひどさを増しています」と、具体的に「南京大虐殺」や「朝鮮人強制連行」の記述を挙げて検証している。


広辞苑 相次ぐミス指摘 “国民的辞書”揺らぐ信頼

【産経新聞:2018年1月26日】

10年ぶりに改訂された岩波書店の国語辞典「広辞苑」第7版(12日発売)をめぐり、台湾が中国の一部と記載されただけでなく、ミス指摘が相次いでいる。同社は25日、一部について公式ウェブサイトで誤りを認め、謝罪文を掲載。“国民的辞書”の信頼が揺らいでいる。

 第7版には、「ブラック企業」「LGBT」(性的少数者)など約1万項目を追加し約25万項目を収録。しかし、「LGBT」を「多数派とは異なる性的指向をもつ人々」とする記述に対し、「LGBは性的指向と関係する言葉だが、Tは身体的な性と心の性の不一致を示す『トランスジェンダー』で性的指向とは関係がない」などとインターネット上で指摘された。また、広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ自動車道「しまなみ海道」についても、海道の経由地を山口県周防大島町の屋代島(通称・周防大島)と、愛媛県今治市の大島を取り違えて説明していたことが分かった。

さらに、寺での役職などを示す「坊守」を「浄土真宗で、僧の妻」としたことについて、岐阜県で坊守を務める男性(65)が「女性住職の配偶者や家族も坊守になれる」と、訂正を要求した。

岩波書店側は、「LGBT」と「しまなみ海道」については「解説文に誤りがあることが判明しました。まことに申し訳なく、お詫(わ)び申し上げます」などとして公式ウェブサイトで謝罪。LGBTは「広く、性的指向が異性愛でない人々や、性自認が誕生時に付与された性別と異なる人々」に変更する。「しまなみ海道」についても、「大島」と修正。2項目とも正しい解説文を印刷した紙を用意し希望者に送付する。一方、「坊守」は、「一般的、典型的な意味を掲載するのも国語辞典の役割。誤りとまでは考えていない」とする。

早稲田大教育学部の金井景子教授は「更新されてしまうインターネット情報より、紙媒体に信頼を置くよう学校現場では指導している。新語は専門家でないと正確な意味は分からない。もっと丁寧に調べてほしかった」と苦言を呈する。

広辞苑の編集は各分野の200人以上の外部専門家から追加すべき項目を募って執筆してもらい、4、5回のチェックを経て印刷する。以前の版から誤記はあり、版を重ねることで修正してきたといい、担当者は「指摘を真摯(しんし)に受け止めたい」と話す。

「三省堂国語辞典」の編集委員、飯間浩明さんは、ミス指摘が続出した背景について、他の辞典と比べて「行数の制限が厳しく、簡潔ゆえにこの説明は違う、との印象を持たれやすいのではないか」と推測。「どの辞書も間違いを含む」とした上で、広辞苑を実態以上に権威視せず、「複数の辞書を比較検討しながら使ってほしい」とアドバイスする。

広辞苑 国語学者の新村出(しんむら・いずる)が編者となり昭和30年に初版刊行。国語辞典に百科事典の機能を兼ね備えた画期的な中型辞書として100万部のベストセラーに。作家の川端康成が「終生私の机上師友となるだらう」と推薦文を寄せるなど、多くの知識人から高く評価され、日本を代表する国語辞典としての地位を築いた。第6版までの累計発行部数は約1190万部。

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「台湾省」20年前から記載

第7版では「中華人民共和国」の地図で、台湾を「台湾省」と記載した。また、「日中共同声明」の項目では、台湾の帰属について、日本政府の「中国の立場を十分理解し、尊重し」よりも踏み込んだ記述をしている。

「日中共同声明」の項目は平成3年刊の第4版で初掲載されたが、当初は台湾の記述はなかった。問題の一節「日本は中華人民共和国を唯一の正統政府として認め、台湾がこれに帰属することを承認」は第5版(10年刊)から追加され、第6版(20年刊)にも引き継がれた。これに対し、日台交流の民間団体「日本李登輝友の会」の会員が、岩波書店に当該部分の訂正を要求。岩波書店は6版2刷から「台湾がこれに帰属することを実質的に認め」と修正し、7版もそのまま掲載した。また「台湾省」を含めた中華人民共和国の地図は5版から登場し7版まで継続している。

これらの問題について、台北駐日経済文化代表処(在日大使館に相当)は7版刊行前の昨年12月、岩波書店に表記の修正を要請。同社は「誤りとは考えていない」との見解を発表し、同代表処は「遺憾」の意を表明している。

中台関係に詳しい東大の松田康博教授は「『台湾省』表記などでは中華人民共和国の立場をそのまま採用し、『中華民国』の項目では『四九年本土を離れて台湾に移った』と中華民国の立場で書くなど、各項目の記述に論理的一貫性がない」と指摘。その上で「領土問題などは両論併記が妥当で、台湾について中華人民共和国の立場だけを記述すればどうなるかに思い至らなかったのは、日本の代表的な辞典としては瑕疵(かし)と言わざるを得ない。それを指摘されても認めない立場を宣言したのは残念だ」と話している。