20150430李登輝元総統の新著『指導者とは何か』(PHP文庫)が5月2日に発売となる。本書は『新版・最高指導者の条件』(PHP研究所、2013年)を改題し、大幅に加筆修正した内容だ。

普通の文庫版と違い活字が大きいので、とても読みやすい。単行本を文庫版にした場合、活字を大きくすればページ数が増えてしまう。出版社としては常に悩むところだ。しかし、李元総統はその要望に応え、大胆ともいえるほど思い切って大幅に加筆修正して枝葉を切り落とし、より簡潔な内容に修正されている。

例えば、単行本の「アイデンティティの確立」の項では「台湾は国家として正常ではない。台湾自体に憲法がなく、現在でも中華民国という国号を使っている。台湾が存在するためには明確なかたちで一つの国家を形成しなければならない」と記されていた。

ところが、文庫の「国家アイデンティティの確立」では「台湾は現在でも中華民国という国号を使っているが、これを台湾に正し、台湾の現状に即した憲法を自ら制定しなければならない」(193頁)と、一歩踏み込んだ表現で修正されている。

しかし、切り落とすだけではなく、加筆されているところもある。

例えば、単行本の「公明正大」の項では「政治の世界に出るときに財産などの個人の問題をきちんと整理したように、死んだときの問題はだいたいすべて処理し終えた。バランスシートでいえば、ゼロ・イコール・ゼロにする準備を整えたのである」と記す。

ところが、文庫の「公明正大」では大幅に加筆し、次のような記述となっている。

「すでに政治の世界に出るとき、財産など個人の問題をきちんと整理しておいた。総統を退任したら家内とともにのんびり暮らそうと思って購入しておいた桃園県大渓の自宅も、台北市内にある家もともに贈与税を納めて孫娘の名義にしたし、預金も株も持っていない。バランスシートでいえば、ゼロ・イコール・ゼロにする準備はすでに済んでいる」(63頁~64頁)

このように、活字を大きくする文庫化に当たり、全編にわたってかなりの修正を加えている。だから、この文庫は単行本をコピーした文庫ではなく、新たに書き下ろした文庫と言った趣がある。

李元総統が日本人に伝えたいことの一つに、この指導者論がある。文庫でも「指導者に求められる資質は、最終的に公義という言葉に帰一するであろう」と述べている。公義または社会正義(ソーシャル・ジャスティス)とは「私利私欲を捨て、全体の幸福のために尽くすこと」であり、ご自身が追い求めてきた指導者としての究極の姿勢でもある。

しかし、私利私欲からいかに離れるか、いかに私心を捨て去るかという問題は、指導者に限らない。その点で、本書には人が生きてゆくための行動指針、あるいは人生の羅針盤とでも言うべき至言に満ちている。こういう貴重な内容が手軽な文庫版とされたことを素直に喜びたい。

・書 名:指導者とは何か
・著 者:李登輝
・版 元:PHP研究所(PHP文庫)
・体 裁:文庫、並製、224ページ
・定 価:626円(税込)
・発 売:平成27年(2015年)5月2日