国民党の馬英九氏の圧勝に終わった選挙から4日後、李登輝前総統は台北市内で産経新聞と会見した。

聞き手は河崎真澄・前台北支局長と長谷川周人・現支局長。記事は下記の通り。

「中台統一」加速はない 李登輝前総統
台湾の最大野党、中国国民党の馬英九前主席が圧勝した22日の総統選挙を受けて、李登輝前総統は台北市内で産経新聞と会見し、「中国共産党は馬英九氏を支持してはいない」と述べ、中台関係が「両岸統一」や「共同市場」に向け一気に進む懸念はないとの見方を示した。また国民党政権と馬氏に対し、「一党支配をもって民主化を進めるべきだ」として、行政や立法で一手に握ることになった権力を「民主化」に集中させるよう求めた。

対中融和策を推進する国民党の8年ぶりの政権奪還で、台湾が中国の統一工作に取り込まれるとの指摘について、「(戦後の)台湾の帰属問題は不明瞭だと中国はよく研究している。簡単に統一はできない。しばらくは安全だ」と話し、米国の介入を念頭に、懸念を一蹴した。また「馬氏は米国寄り。中台統一に持ち込むことはない」とした。

李氏の総統時代、馬氏は法相を1993年から96年まで務めている。馬氏の人物評について、「彼は中国人(大陸出身者)だが、正直者で汚職をしない近代的な人物。ただ、独りよがりな面もある」と述べた。さらに「(李氏の日本語の近著)『最高指導者の条件』を馬氏に手渡す予定だ」と語り、近く馬氏と会う可能性を示唆した。

馬氏は尖閣諸島の帰属問題などで厳しい対日姿勢もとってきたが、李氏は「総統になった以上、(対日関係で)謙虚になる必要がある」と指摘。「台湾は(中国より高度な)技術力が必要で、そのためにも技術提携など日本との関係をよくすべきだ」と対日関係の前進を強く促した。

その上で「やってくれと馬氏に言われれば、駐日代表は年齢的に無理としてもフリーな立場で手伝うことができる」と述べ、生涯をかけて自身の日本の政財界人脈や経験を、馬次期総統が率いる台湾のために生かす意向を明らかにした。

これまで「独立派」と見なされてきた李氏の発言は台湾内外の反発も招きそうだが、現実を直視し、将来を見つめるようにという、85歳の李氏が政治生命をかけた問いかけといえる。

日台関係「智恵生かしたい」 李登輝氏会見要旨
李登輝・台湾前総統の主な発言は次の通り。

【中台関係】多くの人々は中国大陸が怖いの一点張りで、台湾は飲み込まれてしまうと考えている。馬英九氏が当選したら、台湾がすぐ統一されるのではないかと心配する。が、不勉強にもほどがある。そんなに簡単に台湾が中国大陸にとられることはない。なぜか? 実は中共(中国共産党)は馬氏を心の底から支持しているわけではない。米国との関係が複雑すぎるというのがその理由の一つだ。私が多くを語る立場ではないが、彼はアメリカの影響を非常に強く受けている。

【国民党】私は国民党主席を約12年務めたが、一党独裁をもってこの民主化を進めた。今の立法院(国会)と同様、あの時に国民党の議席が4分の3以上なければ、実は台湾の民主化は難しかった。国民党がすべて反民主的と考えてはいけないが、絶大な権力を得た国民党が人民の期待を裏切るような独裁に走らぬよう、指導者がしっかりする必要がある。

【馬英九新総統】彼のいいところは、正直なところだ。汚職をやったという人もいるが、僕は信じない。孤立的で独り善がりの面もあるが、近代的でもある。父親は彼を総統にしようと、厳しく教育してきた。ただ、「中国人」(外省系=中国大陸籍)でもあり、公に尽くすかはわからない。彼が来たら私の本を読ませよう。「奥の細道」もね。20年後の台湾は新総統の努力次第で大きく変わる。何をすればこの総統の時代に台湾が飛躍できるのか? 私も今、考えているところだ。

【対日関係】台湾経済を伸ばすには日本の技術が必要だ。どう提携するか。日台関係をよくしていく必要がある。私は国民党を除名された立場ではあるが、相手が頼みに来るなら、知恵と経験は大いに生かしたい。駐日代表をやるには年をとりすぎたが、フリーランサーという形なら何かできると思う。

【チベット】チベット騒乱が選挙戦で大きな力にならないのは、とどのつまり、北京政府を刺激したくないからだ。台湾の安全が保障されない中、チベットを応援して台湾のプラスになるか? ならない。

【民進党】民進党は複雑だ。謝長廷氏(同党総統候補)はよかったが、(陳水扁政権に対する有権者の失望感など)重い荷物を背負わされた。台湾の独立派は口先だけの人が多すぎる。政権が悪いことをしても批判ひとつせず、政権とぐるになって悪巧みをする。汚職がひどすぎた。これが台湾人と思うと情けない。

李前総統、馬氏に注文 「台湾は技術力必要」 対日重視強調 中台共同市場「無意味」
馬氏の陣営は選挙戦を通じて、自由貿易協定(FTA)に近い中台間の共同市場構想や、空と海の直行便の1年以内の定期化、中国人の台湾観光解禁などの中台経済交流の拡大を公約に掲げてきた。だが、「中台共同市場は意味がなく、むしろ中国が反対する」と指摘。「中台だけではなく、日韓や東南アジア全体を包含する市場構想でなければ台湾経済はめちゃくちゃになる」と危機感を示した。

さらに、「あらゆる機能が一つの半導体に組み込まれるシステム・オン・チップのような高度な技術が台湾には必要で、その面から日本との技術提携が欠かせない」と話した。また「日本企業の経営者は(工場など)現場を知っていることが強みだが、日本も(全体的に)技術力を取り戻さないといけない」として、資源に乏しい日台は、肥大する中国経済に対し技術力がカギとの考えを示した。

李氏は総統選後の週明け24日の台湾株式市場に注目していたとして、同日午前の寄り付きで6%以上の買い殺到となった市場展開は、「馬氏当選に経済界や投資家が期待感を示した結果」と受け止めたという。