20070408-01

平成19年4月8日付・産経新聞に掲載された「葬送」。クリックするとPDF版で開きます。

4月8日、京都市左京区の岡崎別院において、3月12日に99歳で逝去された李登輝前総統の京都帝国大学時代の恩師である故柏祐賢氏の告別式が行われ、李前総統が弔辞を寄せられた。

弔辞は李前総統来日時、柏祐賢氏との61年ぶりの再会に尽力した大田一博氏(輝生医院院長、本会理事)によって代読されました。

 李登輝先生致柏祐賢先生之喪弔辞

柏久様 御遺族の皆様

この度は、ご尊父 柏祐賢先生の訃報に接し、今ご遺族の皆様に、どのようなお慰めのお言葉を申し上げてよいか、迷っております。

先生のご逝去を耳にし、愕然としました。まず茲に謹んで哀悼の意を表します。

想えば三年前、二〇〇四年十二月三十一日、大晦日の日に、柏先生のお宅にお伺いし、先生と六十一年ぶりに再会し、お元気なお姿を見、親しく語らったあの日が、先生との最後の日となってしまいました。

なぜ、あの時、もっとしっかりと先生の手をにぎらなかったのだろう! と悔やまれてなりません。しかし先生の温かなやさしい手のぬくもりは今も伝わってくるようです。あの日柏先生は「百年経っても師弟は師弟。だがこの人は天下人だ」と笑いながら仰ってくださいました。しかし、そうではありません。私は、先生の前で、今まだ二十三才の学生です。いや、先生が身罷られた今も、私は永遠に二十三才の柏先生の学生なのです。

台湾の高校を卒業した後、私は一人で京都大学に参りました。友人もなければ、頼る人もいない、そのような不安な学業生活を送っていた私に、柏先生は学問はもちろんのこと、人の在り方や人の生き方も教えてくださり、更に元気と勇気を与えてくださいました。

終戦で私は台湾に戻り、今に至りましたが、この数十年以来、私は先生の教えを片時も忘れることはありませんでした。先生が私に授けてくださった教えは、それからの私の人生における原則となりました。もし、あのとき、柏先生の偉大な教えがなければ、現在の李登輝もなかったと思います。

一世紀もの間、激しく移り変わったこの世を生きてこられた私の恩師、永遠に私の心に焼きついて忘れることのできない私の恩師、柏先生! 本当にありがとうございました。

最後になりましたが、再度柏祐賢先生のご冥福を深くお祈り申し上げ、私の弔辞と致します。

                                   李 登輝
二〇〇七年四月七日