台湾研究フォーラム会長
日本李登輝友の会事務局次長
永山英樹

■八田與一の事績
皆さん今日は。永山と申します。これから若干お時間をいただき、「八田與一と靖国神社」と題したお話をいたします。
八田與一氏とは日本統治時代の台湾で活躍した土木技師です。日本の台湾統治と言えば、台湾では日本の軍事占領、暴虐統治、搾取と貧窮とのイメージで語る歴史学者もいますが、それは史実から非常に懸け離れた見方であると考えます。日本は日清戦争の結果、明治28年、国際条約に基づき清国から合法的に台湾の割譲を受けました。当時、台湾は風土病や土匪が猖獗極める荒蕪の島でした。

日本はその台湾をあくまで自国領土として、本国と同様の近代化を推し進めました。もちろん住民も自国民として、その生活文化の向上を図りました。島内の近代化が非常に遅れていた分だけ、こうした開発事業は本国内以上の疾風怒濤の勢いで行われました。そしてそのために、日本からは優秀な人材が陸続と台湾へ渡ったのです。

そのなかの一人が八田氏でした。明治19年に現在の石川県金沢市に生まれた八田氏は、大正9年に東京帝国大学土木科を卒業し、台湾総督府土木部に勤務しました。そしてまず何を行ったかと言えば、本日台湾からお越しの皆様の故郷である桃園における米の増産のための桃園大[土川]の設計と監督でした。桃園大?[土川]とは現在の石門ダムの前身で、これは大規模な事業でした。さらに台湾全島の電力を確保するため、日月潭の水力発電所の建設計画を提出しました。後年、これの完成により台湾の殖産興業は大躍進し、結果的には戦後の経済成長の基盤となっています。

次に八田氏が発案し監督したのが、今日何度も触れられている嘉南大[土川]の建設でした。それまで広大な嘉南平野は毎年のように洪水、旱魃、塩害に苛まれ、農作物が育たないどころか飲料水にすら事欠く状態でした。そこで巨大な烏山頭ダムを築き、給水路と排水路を縦横に張り巡らし、そこを一大穀倉地帯に変えようと八田氏は考えたのです。これは、世界でも例の少ない壮大な工事でした。その規模は、戦後日本最大の用水事業である愛知用水の10倍以上に達します。内外からは経費の面からも技術の面からも絶対不可能と思われましたが、八田氏は10年もの歳月をかけ、昭和5年、ついにこれを完成させたのでした。

これは八田氏の独創的な見識と優れた技術力、徹底的な研究調査の成果ですが、それと同時に台湾人労働者の献身的な協力の結果でもあるのです。八田氏は台湾人の部下たちを家族のように大切にしました。台湾人もそれに応えました。そのため、日台人の心は一つとなり、危険すら伴うこの難事業は、はじめて完遂されたと言うことができます。

八田氏の計画には建設工事だけではなく、近代農業技術の指導も含まれていました。この事業も順調に進展した結果、嘉南平野は台湾随一の穀倉地帯となり、農民たちの生活文化も大きく向上したのでした。そのため、農民たちは八田氏を神様のように慕い、烏山頭ダムの近くに銅像を建て、その功績を記念したのでした。

しかし八田氏は、大東亜戦争勃発の翌昭和17年、フィリピンに開発要員として向かう途中、乗っていた船が米軍の魚雷攻撃を受け、戦死しました。享年56歳でした。墓は銅像の前に建てられましたが、それ以来、今日に至るまで、農民たちは毎年、命日の5月8日にここで慰霊祭を営み、大勢の日本人を感動させています。そして、このような台湾人の心の美しさを知ることで、台湾に関心を持ち、親しみを覚える日本人も少なくありません。このような両国民の信頼と友情が、新世代による今後の交流の基礎になれば素晴らしいことだと思います。
■靖国神社
次に、ここ靖国神社についてですが、ここは明治2年に創建されて以来、明治維新から大東亜戦争までの間、国家のために戦死した英霊250 万柱を神として大切に慰霊する施設です。八田氏も軍属として国難に殉じましたので、ここで祀られているわけです。

なお日本統治時代に、日本国民として日本のために亡くなった台湾人の軍人・軍属の神霊も例外ではありません。靖国神社は日本民族の感謝の気持を代表し、これら台湾の方々の慰霊を丁重に行なっています。本日、台湾の皆さんは神前で台湾の歌を奉納されましたが、さぞや台湾人の英霊もお喜びのことであったろうと拝察します。

現在の台湾政府は、我が国が行なった戦争はすべて侵略戦争であったとし、靖国神社に批判的であると聞きます。しかし、歴史の評価の仕方は国や民族によって異なるということを理解して欲しいと思います。我が国の対外戦争の相手は、清国、ロシア、アメリカ、イギリス、ソ連と言った当時の超大国、あるいは超大国と提携した中国などでした。つまり、我が国はアジアの安定、平和、解放のために多大な生霊を犠牲にし、敢えてこれらの国々に戦いを挑んだのでした。このことは当時を知る台湾の年輩者もよく憶えていることと思います。

台湾政府が靖国神社を軍国主義の政治宣伝施設と見做すのであれば、それは明らかな誤解であり、非常に残念です。しかし私は一方で、例えば八田氏の慰霊、顕彰をつづけるような、台湾人の良識を知っております。この良識によってやがては日本の近代の歩みが正しく理解され、両国の相互理解が深まることを願っています。また本日、台湾の皆さんの神前での敬虔な姿を目の当たりにし、大変感激しました。ここに敬意を表します。

日本李登輝友の会は今後も、台湾を兄弟国、尊敬すべき友邦として両国関係の強化に力を致して行きたいと考えております。有難うございました。