「日本李登輝友の会」の成立に関連して

在日台湾同郷会顧問 林建良

日本人は戦前台湾に実施した植民地政策に触れると、申し訳なさそうな顔をして謝る。「植民地政策」イコール「悪」との固定観念があるからだ。しかし、『台湾人と日本精神』の著者である蔡焜燦氏は、「台湾人にとって、許せないのは戦前の日本ではなく、戦後の日本なのだ」といった。蔡焜燦氏と同じ年代の台湾人の多くは、戦前の日本を師として評価し尊敬している。台湾人の親日感情はそこから生まれた。しかし、その日本政府は、戦後の台湾人が見舞われた悲惨な運命に全く無関心だった。

戦後の台湾は蒋介石に接収され、中国から来た占領軍は土匪のように台湾人の財産を奪い、資源を根こそぎ略奪した。この略奪政策によって台湾の経済はたちまち破綻し、4万倍のインフレとなった。その暴政に耐えかねる民衆の怒りが爆発したのが、1947年の228事件である。それを機に蒋介石は援軍を送り、知識人を中心となる台湾人エリート約3万人を虐殺し、台湾の指導層を一気に抹殺した。その後、40年も台湾は白色テロと呼ばれる恐怖政治の下に喘いだ。その間、軍、警察、特務に連行され、消息不明になった台湾人は数十万人にのぼる。

戦後処理の総決算であるサンフランシスコ平和条約の中で、日本は台湾に対する主権を放棄したが、台湾の帰属には一切言及されなかった。そして、サンフランシスコ平和条約が発効した翌年の1952年に、日本は中国を追われて台湾に逃げ込んだ蒋介石政権と日華平和条約を結び、台湾人を大量虐殺した蒋介石政権の台湾統治を容認した。1972年の日中国交正常化以降、日本は一転して中国一辺倒となり、いくら台湾が国際社会で中国に圧迫されても、台湾のために発言することはなかった。日本にとって、台湾は忌まわしい私生児のような存在になった。これが、蔡焜燦氏が言う許せない戦後の日本なのではなかろうか。

しかし、それでも台湾は親日国家といわれている。実際、戦前生まれの台湾人の日本に対する好意は偽りのない自然なものである。私は20年前、台北の中山北路にあるキリスト教病院で仕事をしていた。病院の近くの路地にスナックが立ち並び、日本人観光客でにぎわっていた。当時の私は、ほぼ毎晩酔っ払っている日本人を目にした。中には大声で歌いながら歩く人もかなりいた。しかし、そのようにふるまう日本人に台湾人は、日本語で声をかけたりして寛大な心で見守っていた。それが民間の対日感情なのだ。戦後世代の私は、なぜ台湾人がそこまで日本人に好意的なのか、としばしば不思議に思った。戦後の台湾では、蒋介石政権によって中国と同様の反日教育が施されているが、家庭内の影響もあって、戦後世代の台湾人は教育通りに反日的になっていない。しかし、日本に対する理解と関心は確実に薄くなり、親日的な雰囲気は消えつつある。台湾人の親日感情は、反日教育を受けていない戦前世代の台湾人によるものが大きかったからだ。日本教育を受けた戦前世代の台湾人は約150万人いるが、ほとんどが70代以上になっており、台湾社会に対する影響力も衰退している。

10年後の台湾では日本語世代は完全に第一線から消えてしまい、その時の台湾は反日国家にならなくても、今のような親日国家であり続けることはなかろう。

これまでの日台交流は民間が主流で、政府間の接触は必要最小限に限られている。しかし、民間交流のベースとなる台湾の日本語世代が引退した後の受け皿を見いだせないことを、日台双方の有識者は危惧している。それでも日本政府は、台湾との政府間交流をかたくなに拒否している。先般、前外務政務官水野賢一氏の政務官としての訪台が外務大臣に拒否されたことは、まさに日本政府の台湾に対する態度を示している。外務大臣に抗議して政務官を辞任した水野賢一議員は、その後台湾を訪れ、水野
旋風を起こしたとも言えるほど注目された。水野議員が台湾で受けた英雄に対するような歓迎ぶりは、裏を返せば、台湾人の日本政府に対する不満の表れでもあるのだ。

中国に対する配慮から、台湾と距離を置きたい日本政府の打算は、理解できないこともないが、戦後生まれの世代が政権を担う現在の台湾では、日本の都合だけで決定される屈辱的な日台関係に不満が高まっている。台湾の日本語世代の温情に頼る日台交流は、もう限界に来ているのだ。しかし、それでも台湾の日本語世代は、台湾と日本双方にとって、なくてはならない存在である。台湾精神と日本精神を兼ね備えた彼らは、日台間の接着剤であり、かけ替えのない宝なのだ。日台間の永続的かつ堅実な関
係を築くことは、台湾の日本語世代の最後の事業になっている。実際、その代表的人物である李登輝前総統は、身を燃え尽くすほど、日本と台湾の将来のために尽力している。その両国関係を憂える姿に感激してい人々は、台湾と世界の各地で「李登輝友の会」を立ち上げ、台湾精神と日本精神の象徴である李登輝精神を掲げ、その下で連帯して日台関係を再生させる気概で奮起している。

そのような動きに触発されて「日本李登輝友の会」が来る12月15日に東京で成立する運びとなった。設立趣意書に「台湾では日本語世代の高齢化が進み、世界一の親日国も徐々にその様相を変え、反日教育を受けた世代が台湾社会の中枢を占めつつあります。そこで、日本留学経験者や知日家などが大同団結して、民間の力で台湾と日本の交流を進めることなどを目的とした組織が発足しようとしています。」と記されている。これは正に、日台共同で取り組まなければならない核心的問題ではなかろうか。更に「日本李登輝友の会」は、以下の事業を実行すると趣意書で宣言している。

一、文化交流を主とした新しい日台関係を構築するため、日本と台湾の交流の歴史を振り返って問題点を明らかにし、その是正に向けた提言を機関誌や講演活動などを通じて発表する。

二、李登輝前台湾総統の来日を関係各所に働きかけ、李前総統念願の「奥の細道」散策を実現する。

三、この目的を達成するため、全国に支部を設けるとともに、本会の趣旨に賛同する日台の友好団体、国会議員、地方議員と協力関係を結び、新日台関係の構築に必要なあらゆる活動を積極的に展開する。

以上の事業を成功させ、「日本李登輝友の会」が日台関係の再構築の原動力になることを願っている。