外国人登録証問題

20­12年7月9日、新しい在留制度導入により、従来の「外国人登録証」に代わって「在留カード」が交付されることになりました。これによって台湾人の国籍・地域欄が従来の「中­国」か­ら「台湾」と表記されるようになり、外国人登録証問題は解決の目を見ることが出来ました。ご協力いただいた関係各位に心より御礼申し上げます。


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日本に暮らす台湾人の場合、常時携帯を義務づけられている外国人登録証明証書(外登証)の国籍欄は、「台湾」ではなく「中国」となっている。これは、中華人民共和国の国民と同じ表記である。このため、台湾人は中華人民共和国の国民と誤解されることで不快感や屈辱感を味わい、日常生活に不必要な障害がもたらされることが極めて多い。

そこで、法務省や同省がその交付を委託する市区町村に対し、多くの在日台湾人が国籍表記を「台湾」等と改めるよう求めているが、今のところ改正の兆しは見えない。

この問題について、法務省は、中国の表記は中華人民共和国という国名を意味するものではなく、政府が国家承認するところの中国であり、そこには台湾も含まれる、という見解である。ただし、その所持者が中華人民共和国出身者の場合は中華人民共和国も同時に意味する、と説明している。

しかし、この見解については、以下、5つの問題がある。

第一に、中国という表記は中華人民共和国という国名を意味していないというが、それは当を射ていない。なぜなら、台湾の台北市出身者の場合、外登証国籍欄に併記される住所や出生地の欄は「台湾省台北市」となっている。しかし、台北市は台湾の政府直轄市ゆえに台湾省に含まれないため「台湾省台北市」という行政単位は存在せず、中華人民共和国が規定する行政単位と一致している。即ち中国の表記は、台湾を自国領と主張する中華人民共和国の国名以外に解釈できないからである。

第二に、政府が、台湾をも含む中国という国家を承認したという根拠は、歴史的事実としてはなはだ曖昧である。中国を国家承認したというなら、その根拠を明らかにして、日中共同声明との整合性を説明すべきであろう。

第三に、日本政府は、台湾がその領土の不可分の一部と主張する中華人民共和国の主張を承認していないことは日中共同声明にも明らかなことで、諸外国と同様、外登証において台湾と中華人民共和国の出身者を明確に区別することは、主権国家として当然の合理的な措置といわざるをえない。

第四に、外登証における台湾人の国籍表記が中華人民共和国のそれと区別がつかない以上、このような日本の措置は不合理と言わざるをえない。少なくとも米国、英国、フランス、ドイツなど先進主要国の外登証では、台湾人の国籍表記は台湾となっている。日本もこれらに習って実際に即した表記に改めるべきことは、国際社会の一員として自明のことである。

第五に、現行表記が著しく台湾人の人権を損なっている事実に鑑みれば、早急に改正することで台湾人の人権を守るべきは法治国家として当然の対応である。

以上のことから、台湾出身者の外登証の国籍欄表記を「中国」から「台湾」へ改正し、中華人民共和国出身者と台湾出身者を区別するよう強く要望する。もし速やかに適切な処置が執られないならば、われわれはこの件の実現を、法的手段も視野に入れてあくまでも追及するものである。

日本李登輝友の会


 外登証問題 日本における台湾正名運動

在日台湾同郷会会長・理事 陳明裕

●正名運動の黎明
今や台湾本土化運動の主流となった「台湾正名運動」が、その源流を日本に発することを知る人はそう多くない。「正名運動」とは、文字通り、蒋介石政権に押し付けられた中華民国の名前を捨て、台湾に「名を正す」ための運動であるが、当初この運動は日本における外国人登録証の国籍欄記載問題に端を発し、2001年に当時の林建良・在日台湾同郷会会長(現顧問・本会常務理事)が提言して始められたものである。

外国人登録証とは、一般の方には馴染みが薄いかもしれないが、日本に長期在住する外国人が常に携帯を義務付けられており、20項目にわたる個人情報が記載された、いわば身分証明証である。アパートを借りる際も、携帯電話を契約する際も、あらゆる場面で提示を要求されるものであり、これがなければ日常生活に著しく支障をきたす。問題の所在は、台湾人に交付される外国人登録証の国籍欄が「台湾」ではなく、「中国」と記載されているところにある。さらに、中華人民共和国国籍の人間が所持する外国人登録証の国籍欄も「中国」と記載されている。つまり、台湾と中国の区別が一切無く、一律に「中国」とだけ記載されているのだ。

●「足元を見る」手口
留学のため、来日してきた台湾人学生はまず居住地域の役所で住民登録をして外国人登録証の交付を受けなければならない。申請書の国籍欄に「台湾」と記載して提出すると、窓口の係官に、「国籍を中国に書き直すように」と指示される。そこでほとんどの学生が、「私は中国人ではありません。台湾人です」と抗議するのだが、窓口では国籍欄を書き改めない限り、外国人登録証は交付されない。前述したように、外国人登録証は生活のあらゆる場面で提示を要求されるため、それなしでは諸々の生活準備が整わない。多くの留学生が屈辱と不可解な気持ちを胸に抱きながら、申請書の国籍欄を書き直し、「中国」と記載された外国人登録証を事実上強制的に交付されるのだ。こうして、勉学の意思に燃えて台湾からやってきた若者たちは来日早々、台湾人としての尊厳を傷つけられ、一方的に中国人にされたことに驚き悲しみ、日本政府に不信感を抱くようになる。

また、国籍が「中国」と記載された外国人登録証を交付されたことで、生活面にも支障をきたすことが少なくない。アパートを借りる際やアルバイトを探す際に、中国人と混同されたために断られるケースもあるという。これは、昨今の中国人犯罪の激増ぶりから、中国人を敬遠する風潮にますます拍車がかかったゆえの悲劇だ。また、私がまだ若かりし頃の友人のエピソードであるが、既に医師として働いていた彼は、夜中に急患の知らせを受けて徒歩で往診に向かった。途中、パトロール中の警察官に呼び止められ職務質問を受けた。質問は事細かに及び、長いこと足止めされたため、医師として一刻も早く患者のもとへ向かいたいのに、その務めが果たせないことに悔しく情けない思いをしたという。これも、国籍欄に「中国」と記載されていたため、中国人と間違われて尋問が長びいた可能性は大いにある。しかしながら、最前線の一警察官に、日本政府の台中に対する複雑な立場を正確に理解しておくよう求めるのは酷であろう。それよりも、単純に、国籍欄に「台湾」と記載されていれば済むことなのである。

●欺瞞に満ちた「中国」の表記
ところで、この国籍欄の「中国」とは、中華人民共和国のことを指すのであろうか。答えは「ノー」である。また、台湾の現在の国号である「中華民国」の略称ではないか、と思われる方がいるかもしれないが、中華民国を指すものでもない。この「中国」とは、一体どこまでの範囲を指すのかについて、日本人の研究者グループが、管轄する法務省に確認したところ、「『中国』という表記は、中華人民共和国という国名を意味するのではなく、日本政府が国家承認するところの中国を意味し、その場合には台湾も含まれる。ただし、当人が中華人民共和国出身の場合は、中華人民共和国も同時に意味する」という実に曖昧なものであった。そもそも、「日本政府が国家承認する中国」というが、日本政府は一体いつ、いかなる時に中国の国家承認をしたのだろう。この、「日本政府が国家承認するところの中国」の根拠を担当者に問い質したが、明確な回答は得られなかったという。事実、あらゆる国際法の文献を参照しても、「日本政府が国家承認した中国に台湾をも含む」という強引な解釈は根拠が乏しく、まるで木に竹を接ぐような論理と言わざるを得ない。

また、法務省は、「中国」という表記が、中華人民共和国という国名を意味していないとしているが、その説明にも明らかな綻びがある。台湾の首都・台北市出身者の場合、外国人登録証の国籍欄に記載されている住所や出生地の欄は、「台湾省台北市」となっている。しかし、現実に、台北市は台湾政府の直轄市であるため、台湾省には含まれない。つまり、台湾には「台湾省台中市」という行政単位はあるが、「台湾省台北市」という行政単位は存在しないのだ。では何故このような架空の表記が外国人登録証に記載されているかというと、まさに中華人民共和国が規定する行政単位を踏襲しているからに他ならないからである。一方では曖昧な論理を振りかざして強引に台湾を中国の一部と見なし、他方では中華人民共和国の主張を盲目的に受け入れるというヤヌスの顔を使いわけているのである。

●中国追従の醜さ
世界に目を向ければ、米・カナダ・独・仏など主要国は、「TAIWAN」と記載している。英国は、「TAIWAN-ROC」と明記し、「CHINA-POC」と区別できるようになっている。その他、シンガポール・韓国・ニュージーランドなども同様である。

思えば、従来から日本の外務省は、台湾に関するプレスリリースを発表する際、「台湾『総統』」などのように肩書きを『』で括って表記するといった懐の狭い、醜い手口で台湾の尊厳を傷つけてきた。このような表記をしているのは、世界中で中国と日本だけである。そして、法務省は長年にわたり、台湾人に交付する外国人登録証の国籍欄を中華人民共和国と区別がつかない「中国」と記載し続け、かの国が規定する行政単位に則った表記を台湾人に強いている。イラク戦争開戦の際、即座に支持を表明した日本政府に対し、「日本外交の対米追従」と批判した多くのメディアが、不思議なことに「対中追従」には見てみぬふりをしているのは何故だろう。

日本政府および法務省はいつまでのらりくらりと曖昧な説明を繰り返して、度重なる台湾人の抗議を放置するつもりなのか。そして、この国は、いつまでかの国の太鼓持ちを続けるつもりなのだろう。このまま日本政府、法務省が不作為を続けることは、言うまでもなく台湾および台湾人に対する侮辱である。

●台湾人に生まれた悲哀
そもそも、日本政府が1972年(昭和47年)、中華人民共和国と締結した日中共同声明において、日本は中華人民共和国の主張する「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部である」という立場を『十分理解し尊重』すると述べて、決して台湾に対して中華人民共和国の主権が及んでいることを認めなかった。サンフランシスコ講和条約で台湾を放棄した日本政府に、台湾の地位を決める権限などありえないからだ。日本政府が認めていないにもかかわらず、一省庁である法務省が恣意的に「台湾人の国籍は『中国』」とする横暴が罷り通ることは決して許されるべきことではない。中華人民共和国と国交を樹立し、中華民国とは断交するという歴史的背景をもとに、戦後長らく台湾人の国籍は「中国」とされてきたので、その変更は「混乱を招く」という事務上の理由は理解できなくもない。しかし、時代は変わり、台湾は民主化されて大きく変わってきているのだ。私たち台湾人は、蒋介石には「中華民国」を押し付けられ、日本政府には「中国人」のレッテルを貼り付けられている。

●現実を直視せよ
私が留学生として日本の土を踏んだのは1973年。当時の台湾は蒋介石政権下であり、国籍欄の「中国」という文字を見ても、「中華民国」の略称ならば仕方ないと、唇を噛んで受け入れた。しかし、李登輝前総統が主張するように、今や地球上に中華民国は存在しておらず、名前だけが抜け殻のように残っているだけに過ぎない。昨年9月6日に台北市で行われた「台湾正名運動」には15万人を超える台湾人が「台湾こそ祖国の名前」とアピールし、正名を求めた。本年2月28日、台湾全島で行われた「人間の鎖」では、200万人もの台湾人が一同に手を繋ぎ、「台湾イエス、中国ノー」と叫んだ。3月には台湾本土派の陳水扁総統が再選された。もはや国際社会において、台湾が現実的に主権を有する独立国家であって、中華人民共和国とはまったく別の存在であることは明らかな事実なのだ。

我々が求めている、外国人登録証の国籍欄を「中国」ではなく、「台湾」に改めるということはそんなに難しいことなのだろうか。記載を「台湾」に変更することにより、様々な事務処理上も、台湾と中国の区別が容易になり、台湾人の尊厳も守られる。決して、中国に対する日本政府の立場を変更するほど踏み込んだものではないはずだ。

国籍欄に祖国の名を記すことさえ思うままにならないイジメを受けている台湾人であるが、そのイジメの張本人こそ日本政府であり、その被害者は、かつて同じ時代を歩み、世界に類を見ない親日国家である台湾の人々だということを忘れないで欲しい。(聞き手・早川友久)

【本会機関誌『日台共栄』第4号より転載】

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