本会では、2005年4月に開催された第3回総会において、今後の事業計画の一つとして、「日台相互交流の推進 台湾留学生などの短期・長期の受け入れ体制を整備するとともに、日本青年の台湾における受け入れ体制を整備するほか、日台の自治体による姉妹提携をめざした親善交流の促進を図る」ことを決定しました。
現在のところ、台湾の自治体と姉妹都市提携を結び、交流を深めている自治体がいくつかありますが、今後ますますの活性化のため、本会が主導して姉妹提携を呼びかけてまいります。

【 印の自治体が、台湾の都市と姉妹交流を結んでいます(締結予定を含みます)】
【秋田県上小阿仁(かみこあに)村(1991年より台湾屏東県萬巒(ばんらん)郷と姉妹提携)】
「台湾と私 −恩情を噛み締めて姉妹都市交流−」
秋田県上小阿仁村長・北林孝市(本会理事)
1943年、台湾の屏東師範学校を卒業し、高雄州潮州街の四林国民小学校へ赴任、教員住宅で同年齢で萬巒庄(現・屏東県萬巒郷)出身の☆英祥先生と生活を共にし、物心両面で兄弟以上に温かく支えていただく。現地では先生方や教え子、地域の皆さんと多くの思い出と深い絆を培うも、翌1944年2月、台湾第五部隊(山砲隊)に現役入隊。その時、☆先生が親族に代わって付き添い人として同伴されたご温情は、生涯私の脳裏から失せることはない。
6月中旬、迫撃砲隊に転属となり花蓮港に移動し、敵の上陸に備え、東海岸の陣地構築に従事。B29の空爆、低空飛行による機銃掃射、艦砲射撃などを受ける。1945年3月、桃園街に移動し、資材係班長として移送業務に従事する。やがて終戦となり、現地除隊。四林国民小学校に戻るも、教員住宅が使用できず、困惑していたところ、☆先生が萬巒郷五溝水の私宅に迎えて下さった。特に御母堂は実子のように面倒を見て下さり、家族挙げての温かな人間愛とご恩情の有難さを噛み締めた。
一時は台湾永住を決意したものの、12月に入り、日本軍に籍のあった者は帰国のため台北に集結せよとの布告があり、別離を惜しんで台北市に向った。そして1946年2月、基隆港より駆船艇で鹿児島港へ。鉄路で北上して3月7日、郷里の秋田県上小阿仁村へ帰還した。
その後は村での36年間の教員生活を経て1983年5月、村長に就任。その間、残念ながら先生は病気により、二子を残して他界された。しかし、弟で小学校教師として活躍していた☆必達氏が流暢な日本語を話せたため、文通を通じて交流が可能となり、1990年(平成2年)、村議会が初の海外研修視察先として台湾を選択し、萬巒郷を訪問した。そこで姉妹都市提携を要請したところ賛同を得て、1991年に同郷より曽士忠郷長他22名が来村し、姉妹都市調印式を挙行した。
その後、1992年に本村が提携答礼訪問。1993年、薛重雄代表主席(議長)他20名が来村。1994年、日台地域交流事業として台湾政府が派遣した秋田県農業部門への視察団を本村が受託し、案内を行う。1995年、林昌徳郷長他24名が来村。1997年、本村より18名が訪問。1998年、屏東師範学院の何福田学長、教授5名が本村の小中学校を視察。1999年、屏東師範学院五育樓落成の記念式典出席のため私たち3名が訪問。1999年、林昌徳郷長他31名が来村。2001年、私以下19名が訪問。2004年、徐統盛郷長他28名が親善交流のため来村。そして2005年9月、私以下14名が訪問する予定だ。
本村の訪問団は毎回、屏東県長、屏東師範学院、萬巒郷、萬巒中学校、萬巒小学校、五溝小学校、四林小学校などを表敬訪問し、親善交流に努めている。
2003年、尊敬と信頼を寄せる李登輝前総統が提唱する台湾正名運動に賛同し、台北市で行われた総決起街頭行進に参加させていただいた。その日夜、李登輝先生を囲む懇談親睦の会へのご招待に預かり、日台の提携交流を主唱される先生の燃えるようなバイタリティーの凄まじさに圧倒された。先生の遠大で高邁なる人間性とご人徳に、日本人は大いに学ぶべきだとの思いを深くした。
目下、陳水扁総統閣下は中国の介入問題で苦慮されているが、ここはぜひとも李登輝先生と一体となり、台湾の未来確立と発展のために隠忍自重され、慎重に対処されることを衷心より期待、祈念申し上げる。
☆さんずいに余
【本会機関誌『日台共栄』第7号より転載】
【石川県と台南県の姉妹県交流をめざして
2005年9月に石川県議会日台友好議員連盟を結成】
石川県議会議員 宮元 陸
■台南県からの再三の申し出
今年2月の石川県議会予算特別委員会において、大要次のようなやり取りが行われました。
「これまで台湾・台南県との交流において、金沢市議会、八田技師夫妻を慕い台湾と友好の会、あるいは金沢ライオンズクラブ等が台南県との交流を積み上げてきた中で、台南県から再三に亘り姉妹都市交流の申し出がそれぞれの団体や個人を通じて我が県に伝えられて来た経緯がある。八田與一技師を敬愛し、日本や石川県を慕い続けて下さる台南県に対し何ら誠意ある対応をして来なかった石川県の姿勢は誠に非礼ではないか」と私が知事に詰め寄ったところ、知事は「見方によっては一方的なラブコールということもあり、思いは思いとして受け止めながら、状況を十分に勘案して機が熟しているかどうか判断して行きたい」と、全く人情味の感じられない事務的答弁に終始し、議論は平行線のままでした。これが石川県のおかれている状況であると同時に、台湾との関係を進めようとするとぶち当たる今日の日本の現状を象徴するやり取りだと言えます。
■李登輝前総統の叱咤激励
私の台湾への関心は、4年前、歴史教科書採択運動に参加し、自虐的歴史観を克服して、日本人の本来伝統的に培ってきたアイデンティティーを取り戻すことが急務であることを知るに及んで、台湾にあって日本を敬愛し叱咤激励される李登輝前総統の存在を知ったことが大きなきっかけでした。さらに、我が県において二十年前より金沢市の有志によって台南県との交流を八田與一という郷土が生んだ偉大な人物を通して積み上げて来られた歴史を再認識し、台湾への関心をより強くするに至ったのであります。
また、平成16年(2004年)10月30日から行われた第一回台湾李登輝学校研修団に参加した際、李登輝先生の謦咳に接し、自らの認識をより確かなものとさせていただきました。
今年5月には、長年、台南県との交流に努力してこられた長井賢誓県議を中心に数名の県議会議員で「石川県議会日台友好有志の会」を組織し、八田技師の墓前祭に合わせて台南県を訪問し、蘇煥智台南県知事はじめ台南県政府関係者とも親しく懇談の機会を持つことができました。その中で参加した県議が等しく驚いたのは、台南県の並々ならぬ交流への熱意であり、これまでの歴史的な経緯と我々に課せられ
た責任の重さを重ねて痛感したのであります。
■日台友好の中核的組織
我々にとっての「日台友好」とは何かと言えば、それは日本人のアイデンティティーを取り戻すための運動であり、それは我々自身の内なる戦いでもあるということであります。自虐的歴史観から脱却し、自信と誇りを持てる国づくりや教育を一日も早く目指していくこと、そのことが李登輝先生が早くから指摘されている日本人への警鐘であり激励でもあります。石川県民の中には、今日の日中関係を考えると台南県との姉妹都市交流は実現不可能なことであり、その協力要請に応じてきた県議有志の会は台南県に対してかえって非礼であるとの批判もあったようであります。
しかし、冒頭で申し上げた知事答弁に代表されるように、対中配慮を優先させて正式な日台交流が実現できないものとする考えには、日本のアイデンティティーがそこには存在し得ないことを強く自覚すべきであり、そのためにも姉妹都市交流の旗を我々から降ろすことは決してないのであります。
そこで、県当局に覚醒を促すためにも、私たちは9月議会で正式に「石川県議会日台友好議員連盟」を結成する準備を進めており、いずれ我が県における日台友好の中核的組織にしていく決意であります。
県議会有志の会訪台の折、計らずも李登輝先生にお会いする機会をいただきましたが、その時、先生は我々にこう言われたのです。
「日本は戦後60年、屈辱に耐え低姿勢でよく頑張ってきた。これからの日本そして台湾はアイデンティティーの確立に努めなければならない」
9月発足予定の「石川県議会日台友好議員連盟」は、李登輝先生のそのお言葉を旗印とした組織を目指していきたいと思っています。
【本会機関誌『日台共栄』第8号より転載】

【台湾の新竹市と友好交流協定を結んだ岡山市長へエールを!】
報道によりますと、去る4月21日、台湾の新竹市との間に友好交流協定を結んだ岡山市(萩原誠司市長)に対して、昭和56年(1981年)4月に同市と友好都市関係を結んだ大陸の洛陽市から、4月29日付で、二つの中国をつくり出した過ちを正さないことは中日共同声明や中日平和友好条約の原則と精神に背く、という理由で友好都市関係を「凍結」する通知が届きました。
これに対して、萩原岡山市長は5月1日付で、新竹市との協定締結は日中共同声明などを結んだ日本政府の立場と矛盾しない、洛陽市との友好関係と交流事業を継続・発展させたい考えにいささかの変化もない、という趣旨の文書を洛陽市長に送ったそうです。
果たして、岡山市が新竹市と友好交流協定を結んだことは日中共同声明などに反することなのでしょうか。結論を先にいえば、まったく違背していません。中国側の不当な言いがかりです。
昭和47年(1972年)9月に発表された日中共同声明では、「中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認」し、台湾に関しても謳っています。確かに中国は「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部である」ことを表明しました。しかし、日本はその中国の「立場を十分理解し、尊重」すると表明したのであって、けっして承認したわけではありません。
事実、日中共同声明に合意して帰国した大平正芳外相(当時)は、自民党両院議員総会の場で、次のように明言しています。
「台湾の領土の帰属の問題で、中国側は中国の領土の不可分の一部と主張し、日本側はそれに対して『理解し尊重する』とし、承認する立場をとらなかった。つまり従来の自民党政府の態度をそのまま書き込んだわけで、日中両国が永久に一致できない立場をここに表明した」
従って、日本の立場は、サンフランシスコ平和条約の立場 〜日本国は、台湾及び澎湖諸島に対する全ての権利、権原及び請求権を放棄する(第2条−b)〜 以上でも以下でもないのです。
また、1972年の米中上海共同コミュニケ等で中華人民共和国を唯一の中国としているアメリカでも、すでに13の都市が中台両方の都市と交流関係を結んでいます。例えば、カリフォルニア州のサンフランシスコ市は上海市と台北市と、ワシントン州のタコマ市は福州市と台中市、というようにです。タコマと台中の協定に至っては「The
Republic of China」(中華民国)と記載されているそうです。
日本の自治体で台中双方の都市と友好関係を結んだのは、岡山市が初めてだそうですが、洛陽市の岡山市に対する「凍結宣言」は、日中共同声明に悖る内政干渉以外のなにものでもありません。私ども台湾研究フォーラムは、岡山市の毅然とした姿勢を支持いたします。
今回は外務省も「こうした協定書の中で『中華民国』と書いても、日中共同声明には反しない」と表明しています。
私どもの趣旨に賛同される方は、ぜひ岡山市の萩原誠司市長へその姿勢を支持し、中国(洛陽市)の不当な圧力に屈しないよう熱いエールを送ってくださるようお願いします。
平成15年5月5日(祝・月)
■萩原誠司・岡山市長(平成15年5月現在)
〒700-8544 岡山市大供1-1-1 岡山市役所
TEL 086-803-1025(市政への意見・提案:市民の声室)
FAX 086-803-1731
E-mail shisei@city.okayama.okayama.jp
岡山市HP http://www.city.okayama.okayama.jp/
新竹市との姉妹交流締結および中華人民共和国洛陽市との混乱の経緯
http://www.city.okayama.okayama.jp/shimin/kokusai/international_news/2003shinchiku-kyoutei.htm

台湾と姉妹提携する日本の自治体(提携年代順)および議会
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【自治体】
1、昭和54年(1979年)10月10日 大間町(青森県):虎尾鎮(雲林県)
台湾出身の医師が町立大間病院に勤務していたことを契機として、青森県華僑協会会長陳江舟氏の紹介による。昭和54年3月開会の町議会定例会において、台湾雲林県虎尾鎮と友好都市関係を締結することについて議案が可決される。
昭和54年(1979年)10月10日姉妹町締結証書に調印した日。雲林県虎尾鎮は台湾喜南平野の北部に位置し、農業を主産業とする、人口6万6千人余の町。
青森県大間町役場
〒039-4601 青森県下北郡大間町大字大間字大間104番地
TEL:0175-37-2111(代表) FAX:0175-37-2478
E-mail ooma01@net.perf.aomori.jp
2、昭和57年(1982年)10月8日 与那国町(沖縄県):花蓮市(花蓮県)
両市町の古来の友好交流を礎に将来の友好親善関係をさらに発展させ両市町の繁栄を図るのが目的で与那国町が花蓮市に呼びかけ双方の同意の中、昭和57年(1982年)10月8日与那国町において「与那国町・花蓮市姉妹都市締結盟約」を締結調印。
花蓮市は、人口12万余人。台湾東部にあって、台湾最大の面積を有する花蓮県の首都で、県庁や国際港の花蓮港を擁し、豊富な川砂や特産の大理石等を積み出しており、与那国の他県内主要港に陸揚げされている。又、同市は気候が温暖で本町とほぼ同緯度に位置し、貨物船が建設資材搬入で与那国も花蓮港を5時間で往来している。
沖縄県与那国町役場
沖縄県八重山郡与那国町字与那国129番地
TEL:0980-87-2241 FAX:0980-87-2079
E-mail info@town.yonaguni.okinawa.jp
3、昭和58年(1983年)7月22日 牟岐町(徳島県):埔塩郷(彰化県)
牟岐沖の出羽島診療所元医師、康明田先生の紹介により提携のはこびとなり、昭和58年(1983年)7月に埔塩郷町をはじめ総勢15名が来町し、姉妹郷町盟約書に調印し、姉妹縁組がはじまった。埔塩郷は台湾中部の農村地帯にあり、人口約3万4,000人。日本の郡に似た自治体で、郷内に22村ある。
徳島県牟岐町役場
〒775-8570 徳島県海部郡牟岐町大字中村字本村7-4
TEL:0884-72-1111(代) FAX:0884-72-2716
E-mail mugi@town.mugi.tokushima.jp
4、昭和63年(1988年)5月3日 玉川村(福島県):鹿谷郷(南投県)
玉川村は、福島空港を核とした自然的条件、社会的条件を生かし、個性的で活力のある村づくりを進めているが、そのためには「人づくり」が最重要と考え、広い視野と国際的な間隔をもったひとづくりを行うことが産業の振興と活力ある村づくりに結びつくものと考え、海外との交流先について種々検討した結果、日本と最も近く、伝統、文化の源を同じくする台湾に決定した。台湾との交流をするに当たっては、玉川村日華親善友好都市提携推進協議会(委員35名)を設立し、村長の知人を介して昭和63年(1988年)5月3日に鹿谷郷と友好都市提携を行った。
鹿谷郷は台湾の中央山脈の中腹に位置し、夏は涼しく冬暖夏涼であるため避暑地として最適であり、年間観光客が100万人訪れる観光地。 鹿谷郷は13の村からなり人口は21,080人。凍頂烏龍茶(120年の歴史)及び孟宗竹(冬筍)が特産。
福島県玉川村役場
〒963-6321 福島県石川郡玉川村大字小高字中畷9
TEL:0247-57-4621 FAX:0247-57-3952
5、昭和63年(1988年)8月10日 美浜町(福井県):石門郷(台北県)
昭和62年(1987)年7月15日と8月26日、台湾省行政院原子能委員会一行が関西電力美浜発電所を視察に訪日。このことがきっかけとなり、美浜町と石門郷との友好樹立の話が急に芽生えた。更に同年12月16日、台湾省立法委員他2名の方が美浜町を来訪、友好関係早期実現等について美浜町長と懇談。この来訪を受けて同63年(1988年)4月12日から同月24日にかけて美浜町長他3名の親善施設団一行が放台。2日間に亘り、現地視察や善隣友好の確立と今後の相互交流等について協議が重ねられた。両町郷共、議会の同意を求め、更に外交上の所要手続きを経た上、姉妹都市提携を行いたいとのことで合意に達し、同年8月10日、姉妹都市提携書に調印した。
台北県石門郷は台湾の最北端にあり、九つの村からなっている。人口は10,400人で、北部住民の避暑の絶好の場所になっている。住民の生活は素朴で、殆ど農業に従事。また海岸線は12qに亘り、魚介類が豊富で、特にシーズンになるとかなりの漁獲量がある。海岸線が延々と長く景色もよい。
福井県美浜町役場
〒919-1192 福井県三方郡美浜町郷市25−25
TEL:0770-32-1111 FAX:0770-32-1115
E-mail:jitayan@town.mihama.fukui.jp
6、平成元年(1989年)10月28日 上野村(群馬県):卓蘭鎮(苗栗県)
東京に在住の会社社長の仲立ちにより、姉妹都市提携の準備と事前調査及び視察のため、平成元年4月〜7月にわたり関係者が卓蘭鎮を訪問、観光、文化、産業等双方にさまざまなメリットがあると判断、平成元年(1989年)10月28日、「中華民國台湾省苗栗縣卓蘭鎮・日本國群馬縣多野郡上野村の姉妹都市連盟書」に調印し姉妹都市提携に踏み切った。卓蘭鎮は台湾苗栗縣の最南端に位置し台中縣と隣接している。海抜330メートル、大安渓畔の細長い平野を除き、大部分はゆるやかな丘陵地帯。人口は21,000人程。住民は大部分が廣東省東部より移住した核家族。
群馬県上野村役場
〒370-1614 群馬県多野郡上野村大字川和11
TEL:0274-59-2111 FAX:0274-59-2470
E-mail kikakuka@vill.ueno.gunma.jp
7、平成3年(1991年)10月3日 上小阿仁村(秋田県)萬巒郷(ばんらんごう)(屏東県)
昭和16年(1941年)、北林孝一村長が台湾屏東師範学校に入学。1943年に卒業と同じに屏東縣潮州鎮にある四林国民小学で教鞭をとる。この時、故☆英祥氏(☆必達氏の兄)とともに学校裏で自炊生活をしながら、1年間、四林国民小学で教壇に立つ。台湾滞在中、萬巒(ばんらん)郷五溝村の☆家と親密な関係を持ち、☆兄弟の母も、北林村長に対して親子同様に世話をする。1944年兵役につき、翌年に終戦、除隊となり復員する。その後、☆英祥氏が亡くなり、弟さんである?必達氏や彼の母、教え子、知人と交流を密にしていた。1990年6月に、村議会議員が海外研修を計画するに当たり、台湾を選定し、萬巒郷も視察する。これを期に、萬巒郷との姉妹都市提携の気運が高まり、翌1991年6月、姉妹都市提携の下準備のため北林村長と村田総務課長とが、屏東縣庁、潮州鎮役場、萬巒郷役場等を訪問する。
10月3日は「上小阿仁村と萬巒郷との友好親善にかかわる姉妹都市提携協定書」調印の日。萬巒郷は、台湾南部の屏東縣の東部に位置し、東西7キロメートル、南北10キロメートルで60.73平方キロメートルとなっている。人口は、25,019人、世帯数は、5,194となっている。特に萬巒豚脚は、台湾における名物となっている。
☆さんずいに余
上小阿仁村役場
〒018-4494 秋田県北秋田郡上小阿仁村小沢田字向川原118番地
TEL:0186(77)2221 FAX:0186(77)2227
E-mail:chidori@kumagera.ne.jp
8、平成7年(1995年)9月26日 石垣市(沖縄県):蘇澳鎮(すおうちん)(宜蘭県)
両市は歴史的には、古い時代から双方の漁民の往来が頻繁に行われていた。また、終戦時には戦時中に台湾に疎開していた八重山の人々が蘇澳港から引き揚げる際に、蘇澳住民の世話になったという深いつながりがある。さらに、台湾との交流は戦後、本市の嵩田地区を中心に集団移住がなされ、パインアップルの種苗と水牛の導入が図られ本市の基幹産業の振興に大きく寄与した。なお、本市の青年会議所が13年余にわたり蘇澳鎮青年商会との人的、文化的交流を重ねながら市民レベルの交流も行われてきた。数年前より行政レベルでの交流も始まり、地理的、気候的、風土、産業等の類似点も多いことから、1995年9月にチャーター便による国際線にて蘇澳鎮を訪問、姉妹都市締結盟約書に調印した。
蘇澳鎮は台湾東北部宜蘭懸陽平原の南端にあり総人口51,142人。大部分は農業が主であるが、漁業が盛んな土地としても知られ、蘇澳港は台湾3大漁港の一つであり、冷凍食品加工業などが盛ん。
※平成13年(2001年)10月25日に花蓮市において姉妹港の提携。
石垣市役所
〒907-8501 沖縄県石垣市美崎町14番地
TEL:0980-82-9911 FAX:0980-83-1427
E-mail kirameki@city.ishigaki.okinawa.jp
9、平成13年(2001年)7月9日 美郷町(秋田県):瑞穂郷(花蓮県)
美郷(みさと)町と台湾花蓮縣瑞穂郷(みずほごう)との交流は、平成13年に行われた秋田ワールドゲームズ2001でコーフボール競技の開催地となった旧六郷町が、町民スポーツとして同競技を取り入れようと台湾コーフボール協会から指導を受けたことが縁となり、当時会長であった楊守全さんの出身地である瑞穂郷と、六郷町町制施行110周年の平成13年7月9日、「日本国秋田県六郷町と中華民国花蓮県瑞穂郷友好町郷提携に関する協定書」調印。平成14年度には瑞穂郷長、代表会など17人が来町、町内の視察や懇談会、交流会を行いました。平成15年度には町、教育委員会、議会、商工会、観光協会の代表が瑞穂郷を訪れ、郷長就任2周年記念式典に参加しました。平成16年11月の町村合併で美郷町が誕生した後も、平成17年2月に瑞穂郷長の饒欣奇さんをはじめ15人が本町を訪れ、同月13日に行われた合併記念式典に出席。「友好町郷提携に関する協定書」を締結し、さらなる交流を確認しました。また、同年8月16日から19日までの4日間、松田町長ら4人の訪問団が瑞穂郷を訪れ、友好のきずなをより深めました。
美郷町役場
〒019-1404 秋田県仙北郡美郷町六郷字上町21番地
TEL:0187-84-1111(代表) FAX:0187-84-3934(六郷庁舎1階)
E-mail info@town.misato.akita.jp
10、平成15年(2003年)4月21日 岡山市(岡山県):新竹市(桃園県)
両市の交流は、「岡山市日台友好都市議員連盟」が平成12年8月に結成され、9月,11月に同市を訪問したことから始まり、翌平成13年4月には、岡山市日台友好都市議員連盟と新竹市政府及び新竹市議会との間で、友好交流に関する覚書の調印が行われました。これを契機に、両市の交流は大きく進展、岡山市子供海外派遣事業による中学生の新竹市への派遣、ガラス工芸作家の交流、市民訪問団の派遣、保育園の姉妹園締結など、幅広い分野で交流の輪が広がり、友好交流締結へ向けた機運が高まり、平成15年4月21日、岡山市において「岡山市・新竹市友好交流協定書」に調印。
新竹市は台北市の南西約80kmにあり清代からの城下町。人口は約38万人。「新竹風」と言われる季節風が強く、「風の街」とも呼ばれている。新竹ビーフン(米粉)が古くから有名で、伝統工芸産業としてはガラス工芸、凧、灯籠、木彫りが盛ん。1980年以降整備されたサイエンスパークは、台湾のシリコンバレーとして世界のIT産業の最先端を担っている。
岡山市役所 国際課
〒700-8544 岡山市大供一丁目1番1号
TEL:086-803-1112 FAX:086-225-5408
E-mail oifa@po1.oninet.ne.jp
11、平成18年(2006年)1月20日 仙台市(宮城県):台南市(台南県)
七夕を通じた市民交流の高まりを契機としたもので、観光、経済、産業、福祉、文化、スポーツの6つの分野において、両地域の市民、産業界、学界等の交流推進を促進する。平成16年8月、台南市民訪日団が仙台の七夕パレードに参加し、「台南七夕フェアin仙台」を開催。同18年1月、台南で「仙台七夕交流フェアin台南」を開催。
※中国の長春市と昭和55年(1980年)10月27日に国際友好都市協定を締結。
仙台市役所 企画市民局総合政策部交流政策課国際交流係
〒980-8671 宮城県仙台市青葉区国分町3-7-1
TEL:022-214-1261 FAX:022-211-1917
E-mail kik002040@city.sendai.jp
12、平成18年(2006年)11月1日 八王子市(東京都):高雄市(高雄県)
葉菊蘭・高雄市長代理が平成18年4月19日〜23日、日本を訪問。八王子市と姉妹都市締結の協議を行った。八王子市は高雄市との姉妹都市締結について積極的であり、葉市長代理は21日、黒須隆一・八王子市長を訪問するとともに、現地の関連施設を視察し都市文化への理解を深めた。葉市長代理は、八王子市に「高尾山」という山があり、その名称が高雄市の旧地名と似た音であることから、2つの都市が相互協力と文化交流を進めるうえで役立つとの考えを示した。
葉菊蘭・高雄市長代理は11月1日、高雄市役所で、東京・八王子市の黒須隆一市長と双方の友好交流に関する協議書に調印し、正式に姉妹都市提携を締結した。両市は今後、市政や文化、経済交流において積極的に協力し、友好を深める予定だ。
この日の締結式には、八王子市から黒須市長をはじめ、秋山進・同市議会副議長、8人の市議会議員のほか、自民党青年局局長の萩生田光一・衆議院議員らが出席し、高雄市の関係者を含む100人余りが見守るなかで行なわれた。八王子市は、高雄市が1962年に海外の都市と姉妹提携を締結して以来、23番目の姉妹都市となる。両市の提携は、高雄市が日本統治時代「打狗」(takao)と呼ばれ、その発音が八王子市にある著名な「高尾山」と非常に似ていることがきっかけとなった。
葉市長代理は締結式で、八王子市が豊かな自然と24の大学キャンパスを有しており、こうした教育風土に加え文化芸術も盛んなハイソサイアティーの都市であることを挙げ、黒須市長の指導のもと、高雄市と八王子市が教育、文化、政治、経済の各方面で交流を深め、ともに注目される国際都市となることに期待を示した。
黒須市長は、葉市長代理と知り合って以来この1年余、数回にわたる相互交流を通じて友情を深めてきたこと、高雄市はすばらしい自然景観と伝統文化、世界屈指の国際港を有していることを挙げ、「こうした魅力ある高雄市と姉妹提携を締結できたことは光栄だ。今年10月は八王子市市制90周年目にあたり、この時期に高雄市と国際交流を深めることができ、非常に意義深い」と挨拶。さらに、八王子市は一年を通じて豊かな自然風景が広がり、数多くのイベントを開催しており、「高雄市民の来訪をいつでも歓迎する」と述べた。【11月7日付・台湾週報 第45週号】
八王子市役所 市民活動推進部学園都市文化課
〒192-8501 東京都八王子市元本郷町3-24-1
TEL:042-626-3111(代表)
TEL:042-620-7409 FAX:042-626-0253
13、平成19年(2007年)3月6日 三朝町(みささちょう)(鳥取県):石岡(いしおか)郷(台中県)
3月6日、鳥取県三朝町の「三朝町総合文化会館」で台中県石岡郷と鳥取県三朝町とが「交流促進協定」に調印した。調印式は石岡郷の劉宏基・郷長と三朝町の吉田秀光・町長出席のもととり行われ、台北駐大阪経済文化代表処の呉嘉雄・処長や鳥取県の関係者140人あまりもこの調印式に出席した。
呉処長はこの交流促進協定の調印を政府を代表し祝意を述べるとともに、「双方のすでに構築されている友好関係がより深まり、台日両国の地方政府間の交流拡大促進の助けとなるよう期待する」と挨拶した。
三朝町観光商工課の担当者によると、三朝町と石岡郷とのつながりは1997年に三朝町から石岡郷に梨の穂木を輸出したことから始まる。梨は冬を越さないと実をつけないため、もともと台湾にある梨の木に石岡郷が輸出した穂木を接木して台湾で梨を結実させた。その後は毎年同町から石岡郷に穂木が輸出されている。このような当初の商業的なつながりのもとに双方は文化面でもより交流を深めたいとして、2001年には石岡郷から当時の郷長や視察団がそれぞれ三朝町を訪問、翌年には三朝町町長が石岡
郷を表敬訪問した。その後もほぼ毎年、相互訪問がおこなわれ、さらには2005年には石岡郷の中学生、10数名が三朝町を友好訪問し、地元の中学生と剣道などをして交流をおこない、2006年には三朝町の中学生が石岡郷を友好訪問するなど、双方の友好関係は調印前からすでに始まっていた。
台中県石岡郷の郷民代表会(町議会)では2001年7月に三朝町との交流都市締結関係の決議案を通過している。
今回のこの調印では双方が推し進めた地域的な交流の結果であるばかりでなく、台日の実質関係がますます進んだという意義も含まれている。
【3月7日発行 台湾週報 台中県石岡郷と鳥取県三朝町が交流促進協定に調印】
石岡郷は、台湾中央部の台中県の東北部に位置し、面積は18平方キロ、人口は約1万5千人。産業は農業を主としている。温暖な気候で花芽ができないため、鳥取県などから輸入した穂木を接ぎ木に使って赤梨の栽培が盛ん。梨のほかにも、かんきつ類やモモ、ブドウなどの果樹も栽培している。
平成13年(2001年)、石岡郷の梨農家が同町を訪問したのを契機に、自治体同士の交流が始まった。03年から同町の穂木も輸出され、昨夏には台中県立石岡国民中学校の生徒が同町を訪れ、三徳山投入堂までの登山や三朝中の生徒と一緒に剣道を体験し、友好を深めている。
平成18年(2006年)1月に鳥取県の台湾訪問団に吉田秀光町長や牧田武文議長が同行した際、石岡郷の劉宏基郷長らと今後の両町の関係について協議、友好提携の話が具体化した。
※三朝町は1990年、フランスの温泉リゾート地ラマルー・レ・バン町とも友好姉妹都市提携を締結。
鳥取県三朝町役場
〒682−0195 鳥取県東伯郡三朝町大字大瀬999-2
TEL:0853-48-1111 FAX:0858-43-0647
E-mail info@town.misasa.tottori.jp
石岡郷HP(中文)
石岡郷の観光案内
(中文)
14、平成19年(2007年)6月28日 宮古島市(沖縄県):基隆市
沖縄県宮古島市と基隆市が28日、姉妹都市となった。基隆市の張通栄市長、張芳麗市議会議長と宮古島市の伊志嶺亮市長、友利恵一市議会議長が声明書に署名し、記念品を交換した。宮古島市は基隆市の16番目の姉妹都市となる。
宮古島市はまた基隆市にとって最も近い外国の都市。宮古島市と基隆市は昔から関係は深い。大戦中には宮古島の島民が基隆市に疎開したこともある。宮古島市は観光を中心に発展しており、マラソン、トライアスロン、ビーチバレーなどの大会が開かれているが、台湾は毎回、参加者を派遣している。
基隆市HP(日本語)
宮古島市役所
〒906−8501 沖縄県宮古島市平良字西里186番地
TEL:0980-72-3751 FAX:0980-73-1645
15、平成20年(2008年)9月3日 旭川市(北海道):彰化県
【9月4日 台湾週報】旭川市と彰化県が国際交流協定を締結
9月3日、北海道旭川市の西川将人・市長は、旭川市商工会議所会長、旭川物産協会会長、旭川空港ビル且ミ長、旭川動物園園長など同市の関係者10数名で組織した訪問団を伴い、台湾中部の彰化県政府を訪問し、都市交流を行うと共に、同地で卓伯源・県長(知事)と西川将人・市長が「旭川市と彰化県の国際交流協定書」を締結した。
この国際交流協定書は、教育、文化、農業、建設、社会福祉といった5大テーマについて協力を行うことを取り決めたもので、卓・県長は協定書締結後、「これにより教育面では、双方の学校間の姉妹校締結を促し、教師と生徒が実際に交流活動に訪問、参加し、双方の学校の国際感覚を向上させることができるようになる。文化面では、双方で文化遺産の保存維持業務や経営管理の交流活動を共同で推進していくことができ、さらに農業面では、米の品質向上について相互交流が可能となる。また、建設面では、双方それぞれの特色ある商品の国際販路を共同で拡大、展開し、双方にアンテナショップを設け、双方の商品を宣伝していくことができ、社会福祉面では、老人介護の質を共に向上させていくことができるようになる」と説明し、期待の意を示した。
卓・県長はさらに「彰化県が旭川市と交際交流協定を締結できたことは、台湾と日本の都市外交の相互連動、互敬交流の結果を象徴するものであり、双方の人々の友情と感情が長期的に交流してきた結果でもある」と強調した。
旭川市役所
〒070-8525 北海道旭川市6条通9丁目(総合庁舎)
TEL:0166-26-1111 FAX:0166-25-6515(市民生活課広報係)
旭川市生活交流部国際交流課&旭川市国際交流委員会
〒070-8525 北海道旭川市6条通10丁目 旭川市第3庁舎1階
TEL:0166-25-7491 FAX:0166-23-4924
E-mail:kokusaikouryu@city.asahikawa.hokkaido.jp
彰化県政府
16、平成21年(2009年)1月16日 日光市(栃木県):台南市(台南県)
【1月17日 下野新聞】「観光友好都市」を締結 日光市と台湾・台南市
全国的にも珍しい観光分野に特化した友好都市協定を結ぶため、台湾の台南市を訪れている斎藤文夫日光市長と、許添財・台南市長は16日、台南市役所で両市が「観光友好都市」を締結する協定書に調印した。
訪問団は加藤雄次日光市議会議長ら市関係者のほか、宇井肇・県日台親善協会長らの民間人も含め、計31人。15日から台湾を訪れている。
調印式では許台南市長が「両市の協力により、双方の市民に観光投資の機会をもたらし、両市の繁栄と市民の福祉を促進するよう願っている」とあいさつ。
斎藤市長は「観光を軸とし、姉妹都市と同様に固いきずなで結ばれた深い交流を進めたい」、宇井会長も「この先はわれわれ民間が相互交流を活発に図り、友好都市の見本と目標になるよう努力していく」と述べた。
式では両市長が握手を交わし、お互いに親書とプレゼントを交換。会場には多くの台南市民が詰め掛け、調印の様子を見守ったという。
一行は今後、台南市議会を訪問するほか、観光地などを視察し、19日に帰国する。
日光市役所
〒321-1292 栃木県日光市今市本町1番地
TEL:0288(22)1111
※ 姉妹都市担当:企画部 秘書広報課 秘書係
TEL:0288-21-5133
台南市
【関連報道】台南市與日本日光市締結觀光友好都市簽署協定書儀式圓滿完成】
◆【栃木県日光市と台湾・台南市が「観光友好都市」を締結】
〜台湾との都市交流協定は日光市で16番目〜

1月16日、台南市を訪問した栃木県日光市の斎藤文夫市長は、許添財・台南市長と観光分野に特化した「観光友好都市」協定を締結した。早速、台南市のホームページでは調印式の模様を写真入りで詳しく報道し、下野新聞も報道している。
この「観光友好都市」締結には、本会理事でもある栃木県日台親善協会の宇井肇会長が尽力し、台南市役所で行われた協定書の調印式には宇井会長はじめ同会の宇井貴彦事務局長ら24名も同席している。
日光市と台南市の「観光友好都市」協定の締結は、昨年9月の旭川市と彰化県が国際交流協定を締結したことに続く日台の姉妹都市交流となり、日光市は16番目の自治体となる。詳しくは本会HP上の「姉妹都市交流」ページをご覧いただきたい。
日光市といえば、世界文化遺産にも登録された日光東照宮などの神社仏閣をはじめとする数々の歴史的建造物と、それを取り巻く日本有数の観光地である日光国立公園を有し、さらに鬼怒川、川治、塩原などの温泉郷もある日本有数の観光地だ。戦前から台湾にもその名を知られ、昨年、来日された李登輝元総統も訪問している。
一方の台南市は台湾第4の都市。オランダ、鄭成功時代の首都で、台湾の古都。名所旧跡も多く、「台湾の京都」と言われる観光地。平成18年1月には、七夕を通じた市民交流が高まり、仙台市と「交流促進都市」を提携している。
台南市といえば、「末代市長」羽鳥又男(はとり・またお)を忘れるわけにはいかない。日本統治時代、最後の市長として、孔子廟や赤嵌楼(せっかんろう)などの文化財を修復して守ったことで、今でも台南の人々から尊敬されている。その事績を知って感激した奇美実業創業者の許文龍氏は、羽鳥又男の胸像を制作している。その後日譚として、群馬県勢多郡富士見村の羽鳥家菩提寺の珊瑚寺において羽鳥又男の胸像除幕式が行われたのは一昨年4月25日のことだ(本会メールマガジン『日台共栄』2007年4月28日発行・第511号参照)。
このような台南市と日光市が観光に特化した友好都市を提携するのは、日台の交流をさらに進めることになるだろう。他の自治体でも見習って欲しい事例だ。
ちなみに、日光市は中国の敦煌市と平成16年(2004年)に姉妹都市を提携し、新日光市として昨年1月に再調印している。例えば、岡山市が中国の洛陽市と姉妹都市を提携し、また台湾の新竹市とも友好交流都市として提携している先例があり、一時期、洛陽市が日中共同宣言を楯に姉妹都市提携の凍結を宣言してごねたことはあったものの、現在は何の障碍もないことを付け加えておきたい。
「観光友好都市」を締結 日光市と台湾・台南市】
全国的にも珍しい観光分野に特化した友好都市協定を結ぶため、台湾の台南市を訪れている斎藤文夫日光市長と、許添財・台南市長は16日、台南市役所で両市が「観光友好都市」を締結する協定書に調印した。
訪問団は加藤雄次日光市議会議長ら市関係者のほか、宇井肇・県日台親善協会長らの民間人も含め、計31人。15日から台湾を訪れている。
調印式では許台南市長が「両市の協力により、双方の市民に観光投資の機会をもたらし、両市の繁栄と市民の福祉を促進するよう願っている」とあいさつ。
斎藤市長は「観光を軸とし、姉妹都市と同様に固いきずなで結ばれた深い交流を進めたい」、宇井会長も「この先はわれわれ民間が相互交流を活発に図り、友好都市の見本と目標になるよう努力していく」と述べた。
式では両市長が握手を交わし、お互いに親書とプレゼントを交換。会場には多くの台南市民が詰め掛け、調印の様子を見守ったという。
一行は今後、台南市議会を訪問するほか、観光地などを視察し、19日に帰国する。【1月17日付・下野新聞】
17 平成22年(2010年)7月27日 北栄町(鳥取県):大肚郷(台中県)
台中県大肚郷と鳥取県北栄町が友好交流協定
【Radio Taiwan International:2010年7月28日】
台湾中部・台中県の大肚郷と、日本の鳥取県北栄町は27日、大肚郷で友好交流協定に署名、正式な姉妹都市関係を結んだ。鳥取県は、貿易、産業、観光、青少年交流などを通して特に台中県との関係が深く、2007年3月には、台中県石岡郷と鳥取県三朝町との間で友好交流協定が結ばれている。
亜東関係協会(中華民国台湾の対日本窓口機関)では、今年4月に日本側・財団法人交流協会と「2010年台湾・日本交流強化合作備忘録」に署名しており、地方自治体同士の交流促進もその目標の一つとされている。今回の友好交流協定は、同備忘録調印後に初めて結ばれた地方自治体同士の協定となり、外交部では、台湾と日本の関係促進および地方同士の交流に大きな意義を持つと評価している。
日本鳥取県北栄町町長台中県訪問
【台中県HP:2009年11月30日】
台中県と日本鳥取県は密接な交流関係を持っている。30日台中県は再び北栄町町長松本昭夫の訪問を受けた。一行は台中県英語親善小天使を訪ね歓談した。副県長張壯熙は県と市が合併した後も鳥取県との交友関係に変化はないと述べた。
鳥取県北栄町町長松本昭夫を団長とする町議長池田捷昭他10人が昨日台中県を視察に来た。張副県長は県長黄仲生を代表して歓迎の意を伝えた。先日日本鳥取祭典に招待された張副県長は市と県の合併後の両県の関係について質問されたが、30日、大肚郷公所落成式で両県の交流協力の意思を覚書にしてサインを交わし合併後も双方の関係に代わりがないことを確認しあった。
町長松本昭は黄県長と張副県長の協助で大肚郷と協定合意の議事録が完成したことに感謝した。将来双方が農業技術、教育、文化体育各領域の交流を促進し、台中県と鳥取県の友情は変わることなく、更に頻繁になることを希望すると表明した。
昨日、両者は台中県英語親善小天使を訪問し歓談した。張副県長は松本昭夫に「よろしく頼む」と言うと松本昭夫は「北栄町の準備は出来ている。私は名探偵コナンの父親だから皆さんの面倒は必ず見る」と言った。
鳥取県東伯郡北栄町役場
〒689-2292 鳥取県東伯郡北栄町由良宿423-1
TEL:0858-37-3111 FAX:0858-37-5339
E-mail:info@e-hokuei.net
台中県大肚郷
【議会】
1 平成18年(2006年)12月19日 石川県議会:台南県議会
「台南県議会と友好交流協定を締結 紆余曲折を経て日本初の議会協定を締結」 石川県議会議員 宮元 陸
■日台初の県議会同士の協定
昨年十二月十九日、金沢市内のホテル日航金沢において念願だった台湾の台南県議会と石川県議会による「友好交流協定」調印式が行われ、本県議会の長井賢誓(ながい けんせい)議長と台南県議会の呉健保議長が調印しました。
これまで日本では、大阪府議会日華議員連盟が謝長廷氏が市長をつとめていた時の高雄市議会と姉妹提携(平成十三年)を結んだ例はありますが、都道府県議会が台湾の県議会と協定を締結した例はありませんでしたので、本邦初の快挙でした。
教育、文化、スポーツ、産業の各分野で交流を図り、相互の繁栄を目指すことを謳った協定書の調印式には、顔純左・台南県副県長(副知事に相当)や民政局長なども同行する台南県議会の一行約四十名の訪問団と本議会関係者を合わせ約百名が出席しました。
まず長井議長が「調印の暁には両県議会が幅広い分野で手を結ぶことに意義がある」と挨拶し、次に呉議長が「石川県は伝統工芸や工業が発展した地域と聞いている。両県の友好がより一層進むよう永遠に頑張ります」と述べた後で調印式に臨みました。調印後、両議長がしっかり握手する姿を見て、これまでの難航した長い道のりを思い浮かべ、私自身も感慨一入でした。
実は、八田與一技師の生まれ故郷である石川県と、八田技師がつくった烏山頭ダムがある台南県の間には、金沢市議会や「八田技師夫妻を慕い台湾と友好の会」、あるいは金沢ライオンズクラブなどがこれまで交流を積み上げてきており、その中で台南県から再三にわたり姉妹都市交流の申し出が伝えられて来ていました。
そこで、県同士の姉妹都市交流を実現しようと県議会の有志と相図り、一昨年五月、それまで台南県との交流に尽力されてきた長井賢誓県議を中心として「石川県議会日台友好有志の会」を組織し、烏山頭ダムの畔で五月八日に斎行される八田技師の墓前祭に合わせて台南県を訪問しました。
この時、総統府国策顧問で李登輝之友会の黄崑虎総会長にもご同行いただいたことで、蘇煥智・台南県知事はじめ台南県政府関係者とも親しく懇談でき、台南県の並々ならぬ交流への熱意を感じ取ることができました。また、台南市内のホテルに李登輝前総統を表敬訪問し、その謦咳に接することができたことも大きな収穫でした。
■対中配慮優先の県当局
この勢いを駆って、県当局の覚醒を促すべく九月二十七日に「日台友好促進石川県議会議員連盟」を発足させ、会長には長井県議、事務局長には私が就任しました。
翌年一月十七日には長井県議を団長に「石川県議会アジア行政視察団」として台南県を訪問し、蘇煥智県長と懇談しましたが、ここにも黄崑虎総会長には同席していただきました。蘇県長はこの席で、民間協力によって双方の関係が密接であることを強調し、今後の交流促進に強い期待を示しました。
話は前後しますが、この前日に台北郊外で李前総統と懇談しました。このとき、長井団長が「台湾定期便の就航は私たちの願い。全面的な支援を」とお願いすると、李前総統は「定期便になるために頑張りましょう」と笑顔で快諾されました。これがどれほど私たちの励みとなったことか、自ずと頭が下がりました。
しかし、石川県と中国・江蘇省の間で友好交流関係を構築していることもあり、対中配慮を優先させる県当局の姿勢は相変わらずで、県同士の姉妹都市交流は行き詰まってしまいました。
そこで、議会間交流を先行し、将来の姉妹都市交流への布石を打つことに転換し、台南県議会の意向を確認すると、先方も乗り気でした。
そこからがまたいささか苦労するのですが、それはさておき、十二月十二日、議会運営委員会において日台友好促進石川県議会議連から申し入れた台南県議会との友好交流協定締結の件が了承されたときは、まさに一仕事を終えたという安堵感でいっぱいでした。
話は戻りますが、調印式を終えた台南県議会の一行は翌十二月二十日、石川県庁で杉本勇寿(すぎもと たけとし)副知事と懇談し、交流活発化に取り組むことを確認しました。また一行が八田技師の母校である花園小学校を訪問すると、子供たちが八田技師を讃える歌を披露し、熱心に聞き入っていました。
台南県議会との友好交流協定を結んだことで、果たして県当局がどこまで取り組んでくれるかはよく分かりませんが、協定内容を実践するため、議会が主導して議連が補佐し、訪問団を派遣するなど交流を積極的にリードしていきたいと、改めて気を引き締めているところです。【日本李登輝友の会機関誌『日台共栄』19年3月号】
石川県議会
〒920-8580 石川県金沢市鞍月1丁目1番地
TEL:076-225-1027 FAX:076-225-1037
E-mail gikai@pref.ishikawa.lg.jp
台南県政府
2 平成20年(2008年)4月16日 神奈川県議会:台北県議会
「神奈川県議会と台北県議会が友好交流協定を締結」【4月17日 台湾週報】
4月16日、松田良昭・神奈川県議会議長を団長とする神奈川県議会の訪台団一行は台北県議会を訪れ、松田・神奈川県議会議長と陳幸進・台北県議会議長は「友好交流協定」に署名すると共に、台北県議会前で、交流協定締結の記念植樹を行った。
陳・台北県議会議長は、「台日両国には正式な国交はないが、両国の議会間で協定を締結し交流していくことは、すばらしい発展モデルとなるであろう。双方の経済、文化、観光等における、より密接な交流を期待する」と意欲を示した。
また、松田・神奈川県議会議長も「私は神奈川県議会で100代目の議長であり、同議会の歴史は129年にもなる。台北県議会との交流協定締結は、台北県民と神奈川県民が共通の新しい一里塚を一緒に切り開いたことを象徴するものである」とその意義を強調した。
その後、神奈川県議会の訪問団一行は、台北県政府を訪れ、周錫[王韋]・台北県長(知事)と会見した。周・県長は、「台北県は将来、観光、建築、サービス、ハイテク産業等の方向に向かって発展して行こうとしている。これまで、台北県と日本の都市との交流は比較的少なかったが、台北県の瑞芳の歴史的な関係から、同地に2.6ヘクタールの日本村を作る予定であり、将来神奈川県とはさらに多くの交流が進むことになるであろう」と強調した。
神奈川県議会
〒231-8588 横浜市中区日本大通1
TEL:なし
FAX:045-210-8907
台北県議会
〒220-44 臺北縣板橋市文化路二段166號
TEL:(02)2252-1212(代表)
HP http://www.ttcc.gov.tw/jp/(日文)
http://www.ttcc.gov.tw/(中文)
【参考掲載:「アーバイン市、台湾人に謝罪」】
米国・アーバイン市は台湾の桃園市と姉妹都市を結んでいたが、最近になって中国上海地区の某市と姉妹都市を結ぶ動きの中で、中国側 から桃園との姉妹都市関係を破棄するように迫られました。
この報道に接したアーバイン市に住む台湾人はデモを起こし、6月27日、ついにアーバイン市側は在住の台湾人に対し、謝罪しました。これには多くの日本人も協力しているとの報道もあります。アーバイン市は日本のつくば市とも姉妹都市を結んでいます。
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