◆【李登輝元総統ご夫妻、無事台北に到着
孫娘らに出迎えられ、満足した表情】

【孫娘の坤儀さんに出迎えられ、笑顔のご夫妻】
訪日中の李登輝元総統ご夫妻は、10日午前9時30分、熊本市内のホテル日航熊本を出発、午前11時過ぎに福岡空港へ到着された。空港の出入り口では、本会会員らおよそ50名が日の丸を振ってお見送り。車から降りたご夫妻は、見送りの列に近づき、「ありがとう」「ご苦労さんでした」などと声を掛けながら握手で別れを惜しんだ。
搭乗したエバー航空BR2105便は定刻どおり午後12時20分に出発。予定より少し早い13時28分(台湾時間)、無事に台北桃園国際空港へ到着された。
空港では、最愛の孫娘・坤儀さん、次女の安[女尼]さん、黄昆輝・台湾団結連盟主席、郭生玉・群策会秘書長(李登輝学校教頭)や群策会のスタッフらが出迎え。7日間にわたる訪日の労をねぎらった。
李元総統は、訪日六日目の9日、持病の腰痛が悪化して、一部の予定をキャンセルするなどしたが、台湾へ無事に戻られてホッとしたご様子。全日程に同行した本会事務局員にも「ご苦労さんだったね」と笑顔で声を掛けられた。

【同行した曾文恵夫人を労う孫娘の坤儀さん(左端)、次女の安[女尼]さん(左から2番目)】

【福岡空港で見送る人々と笑顔で握手を交わす】
【9月9日 訪日第六日目】
【李登輝元総統、訪日最後の夜を前に会見】

李登輝元総統は9日17時から、宿泊先のホテルで日台の報道陣およそ20社を前に会見を開いた。
この日、李元総統は腰痛があり、大事をとって午後の予定をキャンセル。「無理をすると台湾に帰ってから大変になる」と同行の主治医のアドバイスを受け入れ、中止したもの。
「次の訪日の予定は」と聞かれると、「必要とあらばいつでも来ますよ。今は日本と台湾はノービザだからね、自由に来られるはずです」との答え。
新しく誕生した民主党政権の対中国関係についてなど、40分近くにわたり質疑を受けた。
※詳細は後ほど更新します。
【李登輝元総統、小林よしのり氏と対談】
李登輝元総統は午前10時20分、宿泊先のホテルを出発。本会熊本県支部の紀伊進支部長が経営する益城カントリークラブ内で、雑誌『SAPIO』(小学館)の企画による小林よしのり氏と対談される。
今日も熊本の気温は30度を超えているため、午後はホテルに戻り休息される予定。夕方からは、メディアを前に訪日の総括を発表する。
【9月8日 訪日第五日目】
【李登輝元総統、熊本で300人を前に講演 日台は心と心の絆を築く関係を】
〜本会ブログで「台湾と日本百年来の歴史及び今後の関係」講演全文を掲載〜
李登輝元総統ご夫妻は8日午後6時から熊本市内のホテルで開かれた、本会熊本県支部主催・日本会議熊本協賛の「李登輝元総統ご夫妻を囲む会」に出席。300人の出席者に万雷の拍手で迎えられて入場した。
会には、李元総統と京都大学の同級生である沢田一精・元熊本県知事や、山内新・元副知事らも出席して祝辞を述べた。山内氏が副知事のとき、曾文恵夫人が熊本を訪れ、総統夫人として県庁にご挨拶したいとの申し入れに当初、県国際課は中国との関係を考慮して辞退を申し入れようとしたところ、山内氏が「せっかく来て下さるのにお断りするとは失礼な」と快諾したエピソードを披露。訪問を受けた際、帰りぎわ、曾文恵夫人に「綺麗な日本語をお話しになりますね」と話すと、夫人は「私は元日本人です。私は誇りを持って日本語を話して来ました」と答えたそう。
李登輝元総統は「台湾と日本百年来の歴史及び今後の関係」をテーマに講演。日本と台湾は地理的な近さだけでなく、精神的にも非常に近いものがあると強調。今後、複雑化する国際社会や膨張する中国に対抗していくためには、日台が心と心の絆をよりいっそう深めていくことが大切、などと話した。訪日5日目の疲れも見せず、30分立ちっぱなしでの講演だった。
【李登輝元総統、六士先生の一人、平井数馬の墓参へ】
【平井数馬の子孫、真理子さんから説明を受ける】
李登輝元総統は8日午前10時、熊本市内にある平井数馬の墓を訪れ献花した。平井数馬は、日本が台湾を領有して間もない明治28年(1895年)7月、はじめて設置された学校「芝山巌学堂」に赴任。翌年元日、暴徒に襲われて殉職した「六士先生」のうちの一人。殉職時、若干19歳だった。
墓所前では、福岡から11人の遺族も駆けつけた。平井数馬の兄のひ孫、平井真理子さんは、「台湾の総統にお参りしていただくなんて夢みたいだ。とても感激している」などと語った。
その後、李元総統は市内に建立されている平井数馬の慰霊碑を参拝された。

【六士先生の教育への貢献について台湾メディアに台湾語で説明】
午前11時45分、李登輝元総統は熊本城へ到着。正門にあたる頬当御門(ほおあてごもん)で車を降り、天丸御殿などを参観された。およそ1時間ほどの参観を終えた後、熊本城をバックに記者会見。熊本城の印象を問われると「とにかく加藤清正はすごいお城を作ったものだ。非常に面白いつくりをしている。誰かお城の建築の研究をしている人がいなかなぁ」と感嘆。
熊本来訪について、国民学校と中学校の時の恩師に熊本出身の先生が何人もおり、ずっと訪れたかった、などと語った。

【本丸御殿から熊本城下の景色を眺める】

【熊本城を背景に記者会見】
一行は熊本城近くの料亭「城見亭」で昼食。この日は気温も30度オーバー。李元総統は午後を休息にあて、18時から開催される「李登輝元総統ご夫妻を囲む会」に出席し、「台湾と日本百年来の歴史及び今後の関係」をテーマに講演される。
【9月7日 訪日第四日目】
【李登輝元総統、熊本へ。福岡空港では150人が出迎え】
〜高知での講演「竜馬の『船中八策』と台湾の政治改革―江口克彦社長の提言」全文掲載〜
【福岡空港へ到着した李登輝元総統。出迎えの人々に握手】
李登輝元総統ご夫妻は、次の訪問地である熊本へ向かうため、15時30分高知龍馬空港発のJAL3586便に搭乗。背の高い李元総統にとって50人乗りの小さな機材はちょっと窮屈そう。およそ40分のフライトで福岡空港へ到着された。
空港貴賓室で休憩の後、車で熊本県へ。空港出口に集まった本会会員らおよそ150人が日の丸の旗を打ち振って出迎えると、ご夫妻は笑顔で歩み寄り、「ありがとう」と声を掛けながら握手。
18時過ぎ、一行は熊本市内の投宿先へ到着された。

【ちょっと窮屈そうな機内】

【李登輝元総統、龍馬の生まれたまち記念館を参観 午後には熊本へ】

【李元総統自らポスターを手にし、”宣伝”に一役買った】
初めての高知入りから一夜明けた7日、李登輝元総統は午前中を休息に充て、高知市内の宿泊先、城西館で過ごされた。
13時20分過ぎ、高知市立竜馬の生まれたまち記念館を訪問すると、来年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」のポスターを見ながら印象を語られた。大河ドラマは台湾でも放映されるため、台湾から同行してきたメディアの関心も高い。
「(主演の)福山雅治を知ってるか」と聞かれた李元総統は「若い人だからねぇ。知らないなあ」と答えた。また、昨日訪問した坂本龍馬銅像のポストカードを取り出し、「福山さん、(龍馬に)似てるかなぁ・・・」とつぶやくと、曾文恵夫人が「こっちの人(福山)の方が綺麗よ」とコメント。李元総統は、「だけど本当に重要なのは外見じゃなくて頭の中だ」と述べた。
また、高知の印象について、「初めての訪問だったけど、こんなに魚が美味しいなんてびっくりした」などと答えていた。
【9月6日 訪日第三日目】
【李登輝元総統、初めての高知県訪問 坂本龍馬の足跡をたずねる】

【桂浜の坂本龍馬銅像前で、アイスを手に会見する李登輝元総統ご夫妻】

【散歩途中、気さくに声を掛けられる。質問された運転手さんもビックリ】
李登輝元総統は午前10時ごろ1階ロビーに姿を現し、ホテル内の庭園を散策。車寄せ付近では、タクシーの運転手さんに「東京のタクシーの景気はどうですか」などと質問。運転手さんも、突然現れた李元総統に質問されて驚いた様子。その後、本会事務局関係者、台湾から同行してきた李登輝学校卒業生の黄木寿さんや呉婉如さん、廖瑩[女亭]さんと談笑しながら、20分ほどの散歩を終えた。
午前11時ごろ、本会会員や東京青年会議所の役員など約80名のお見送りを受け正面出口へ現れ、宿泊先のホテルオークラを出発。 たくさんの日の丸と「李登輝先生、万歳」、「台湾万歳」の合唱の中、李登輝ご夫妻は、見送りの人々に近づき、笑顔で手を振りながら車上の人となった。

【盛大な見送りを受けてホテルオークラを出発】
【国内線に搭乗して一路高知へ】
搭乗したJAL1489便は15分ほど遅れて高知龍馬空港へと到着。こちらでも本会関係者ら20名ほどが日の丸で出迎え。その後、桂浜近くの「坂本龍馬記念館」を参観。森館長と三浦主任学芸員の説明を受けながら、龍馬の足跡をたどった。
【高知県最初の訪問地は坂本龍馬記念館】
15時過ぎ、メディア陣が待ちかまえる桂浜の坂本龍馬像へと到着。早速、地元メディアも含め20社のカメラに囲まれると、「こんな偉大な人物の下では、私たちは本当に小さな存在だ」と、見上げるほど大きな龍馬像になぞらえて、龍馬の偉大さを称えた。
記者会見の途中では、アイスを口にしながら答える場面も。この日の高知県は30度。やや秋風が吹き始めた東京と比べると、真夏に戻ったかのような陽気だった。
その後、李登輝元総統は高知市内のホテルで「龍馬の『船中八策』と私の政治態勢」と題して講演。1997年、台湾初めての民選総統として船出した李登輝元総統に対し、PHP社長の江口克彦氏が李元総統に書き送った書簡の中で坂本龍馬の「船中八策」に触れ、今後の台湾民主化の舵取りを示唆したことを初めて披露。李氏が主導した台湾民主化の陰に「船中八策」の存在があることを披露した。講演にはおよそ100人が詰めかけたが、中には地元出身の中谷元・衆議院議員(元防衛庁長官)も姿を見せ、熱心に耳を傾けていた。

【前日の講演会の再現のように熱弁をふるう】
夜は18時から、市内の割烹臨水で高知県日華親善協会など主催の晩餐会に出席。初めての訪問となる高知県での第一夜を楽しんだ。

【高知名物「しばてん踊り」を披露した踊り子さんたちと】

【会場となった市内の「割烹 臨水」には歓迎の垂れ幕が】
【9月5日 訪日第二日目】
【李登輝元総統記者会見 日台ともに『脱古改新』で混迷の時代に対応を】
〜講演原稿「竜馬の『船中八策』に基づいた私の若い皆さんに伝えたいこと」全文掲載〜

李登輝元総統は、午後の講演を終えた後、ホテルオークラに戻って休憩。
19時過ぎからは、ホテル内のコンチネンタルルームで開かれた東京青年会議所主催のレセプションにご夫妻で出席された。レセプションには一般参加者を含めおよそ100名が出席。和やかな雰囲気の中、李元総統との交流を深めた。富山での講演を終えた金美齢氏も飛行機で駆けつけた。
20時半からは隣室のアトランティックルームで開かれた記者会見に出席。日台メディア約60社が駆けつけた。会見はおよそ40分。会見内容は後ほど更新します。

【小林よしのり氏との対談集『李登輝学校の教え』を手に取って引用。まるで李登輝学校の講義のよう】
【李登輝元総統、日比谷公会堂で2000人の聴衆を前に講演
講演原稿「竜馬の『船中八策』に基づいた私の若い皆さんに伝えたいこと」全文掲載】

李登輝元総統は本日午後13時半すぎ、講演会場の日比谷公会堂へ到着。入口では本会会員らが日の丸を振りながら歓迎。李元総統はわざわざ歓迎の列に歩み寄り、笑顔で握手を交わされた。
会場周辺では時半過ぎからすでに入場者が集まり始め、開場前の13時には長蛇の列が出来ていた。
講演は定刻どおり14時20分に始まり、坂本龍馬の「船中八策」をテーマに、今の混迷する日本が進むべき道を、「船中八策」を一項ずつ解釈しながら示し、2000人近い聴衆から万雷の拍手を受けた。
その後、東京青年会議所理事長の栂野慶太氏との対談では、精神論や日本文化、将来の日台関係などに話が及び、あっという間に時間が終了。惜しまれつつも、会場は大きな拍手に包まれた。
19時からは港区虎ノ門のホテルオークラで東京青年会議所主催のレセプションに出席。その後、記者会見に臨まれる。

【「竜馬の『船中八策』に基づいた私の若い皆さんに伝えたいこと」と題する講演を行う李元総統】

【栂野JC理事長との対談で将来の日本について熱く語る】
【会場を出る李元総統。待ち構える台湾メディア陣に自ら中国語版原稿を配るサービスも】
【台湾メディアからの質問に答える。台湾の台風被害、日本の鳩山新政権など、質問の内容は多岐に渡る】
【9月4日 訪日一日目】

【機上で本会事務局のインタビューに答える李登輝元総統】
4日午前9時10分、李登輝元総統は曾文恵夫人を伴い、台北桃園空港の正面玄関からテレビ局10社、新聞社多数がカメラを構えるロビーに入られた。
【台北桃園国際空港でカメラの放列に囲まれる李元総統。この日午前7時過ぎには訪台中のダライ・ラマ氏も離台した】
一般客から握手を求められたり、拍手を受ける中、午前10時発のJAL642便に搭乗したご夫妻は、機上で同行する本会事務局やメディアなどの取材を受け、訪日への抱負を語られた。
昨年の沖縄訪問の際には、ちょうど麻生政権が誕生し、李元総統も祝電を送ったことを披露している。今回の訪日でも、ちょうど民主党政権への移行が決まった時期でもあり、新政権の誕生についての感想を問われると、「人民の大きな支持を受けて誕生したのだから、何よりも人民を念頭において政治を進めていかなければならない」と語った。また、新政権が「中国寄り、アジア重視」と言われることには、との質問には、「中国との関係においては、いつも言っているように『私は私、あなたはあなた』という姿勢で取り組んでいかなければならない。以前の日本外交のように、中国にペコペコするだけではとても中国との外交はやっていけない。また、アジア重視と言っても、アメリカとの日米関係を基礎にした関係がそう簡単に変わるはずはない。アジアと言っても、言語・文化・格差が違いすぎる。そこを理解していかなければならない」と語った。
また、台湾を訪問したダライ・ラマ氏については「南部の台風被害者を慰めるために台湾に来てくれた。そのことに非常に有難く思っている。私は会わなかったけれども、もし会ったら政治的な色がついてしまうからだ。彼は慰霊のために来てくれたのだからそれでよい」などと語った。

【機上でインタビューに答える李元総統(右端)。放映されていたNHKニュースにはちょうどご自身の訪日のニュースが】

定刻より少し早めの14時過ぎ、搭乗便は無事に成田空港へ着陸。奥様の手を握り、通路を歩く李元総統は心なしかほっとした様子。VIP用通路を通って、車に乗り込まれる直前、ほんの少し、一般ロビーに姿を現すことになるのだが、その際、歓迎に来ていた本会の柚原事務局長らに気づくと、挨拶を返され車に乗り込まれた。
【成田空港に到着された李ご夫妻。仲良く手をつないで。】

【ほんのわずか、一般通路を通ってVIP入口へ。】

【同行の汪笨湖氏と談笑しながら】
2年前の奥の細道散策の際にも東京の拠点となった港区虎ノ門のホテルオークラへ李登輝元総統一行が到着したのは15時過ぎ。出迎えのために集まった本会会員を含む50人以上の歓声に迎えられた。入口玄関では取材に応じ、訪日第一声を語った。
この後、休憩した李元総統は18時30分から2Fエメラルドルームで開かれた総統主催晩餐会にのぞまれ、ホストとして招待客を迎えた。会には森喜朗元首相や石原伸晃自民党幹事長代理、民主党の長島昭久議員、中津川博郷議員、改革クラブの大江康弘議員、無所属の平沼赳夫議員、評論家の金美齢氏、ジャーナリストの桜井よしこ氏、大宅映子氏、歴代の交流協会台北所長(駐台大使)ら多くの友人100人以上が出席した。会は20時半過ぎにお開き。その後、李元総統は休まれたが、翌日の講演会に向け、何度も原稿を読み直していたという。5日の東京青年会議所主催の講演会は日比谷公会堂で開かれる。

【5回目の訪日第一声を語る李元総統】

|